創価学会と日蓮仏法と活動

雅彦と申します。元バリ活の自分が創価学会や宗門、日蓮仏法について思う事を書いていきます。長年、創価学会が唯一正しいと信じ込んできました。非活になり先入観なしに考えられるようになりました。信仰とは何か?組織とは何か?どう関わるべきか?全てを総括したいと思います。書きたいテーマが山ほどありますので、随時更新していく予定です。気になる記事があれば、お気軽にコメントして下さい、答えられる範囲で回答致します。

カテゴリ: 教学

御書に御真筆が無いからという理由で、その御書を研鑽しようとする事に対して「日蓮思想をきちんと語ろうとする意志なんてない」と揚げ足を取っている者がいるが、これには全く同意できない。

いま真筆が見つからないだけで、将来において発見される可能性もある。三大秘法抄などがそうである。三大秘法抄は偽書説が濃厚と言われ続けてきたが、近年の解析によると真書の可能性が高いという結果が出たのである。或いは、立正観抄に関しても、かつては偽作説が優勢だったが、古写本の調査が行われ、それが日進の直筆であることが証明される事によって真撰説が優勢になっている。このように、今は偽書と言われてる対象でも将来的には真書として認められる可能性も充分に考えられるだろう。

真筆が現時点で存在しなかったとしても、大聖人の仏法思想が他の御書と矛盾なく読み取れれば何の問題もない。むしろ進んで研鑽の対象にすべきであろう。

真筆のみに拘る輩は、大聖人の仏法思想を限定的なものばかり集めるが故に逆に矮小化してるのである。それは偏った大聖人像を勝手に作り上げる結果になるのである。真筆が無いという理由だけでバッサリと切り捨てる姿勢は非常に傲慢という他ない。

真筆でさえ、膨大な御書の中の部分なのである。いや現存の御書さえも大聖人の思想を全て物語ってるとは言えない。歴史の中で不幸にも消失してしまった御手紙も多くあるだろう。或いは直接お弟子達に指導された内容も多いだろう。これが重要である。しかし、それらは文字にして残っていない。従って弟子、なかんずく高弟の行動こそが大聖人の思想の全貌を理解するに於いて重要なのである。一番身近にいて常随給仕された日興上人の行動こそが。


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創価は、公称会員数827万世帯とされているが、実質的な活動家の数は約250万人くらいと推計されている。宗門の僧侶と法華講の活動家の総数を約5万人程度、顕正会の実質的な活動家の数が約10万人程度或いはどこにも属さずに信仰を貫く人達が1万人程度と推定してみると、総じて266万人以上の信心堅固な信徒達がいるのである。

「剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし」とは有名な御金言である。大聖人の時代から考えれば、かつて無い規模の信徒達が、266万人以上の人達が日々題目を唱えているのである。

大聖人の鎌倉時代から、室町時代、そして戦国時代へと移り、立正安国とは真逆の修羅闘諍の世界へとなり、人の尊厳が虫けらのように扱われるようになった。特に戦国時代の農民は純朴で慈しむイメージがあるが、実際は彼らこそが、掠奪・放火・強姦・人攫い等々の主役だったのである。社会の底辺の隅々にまで「生き残る為なら何をやっても良い」という思想が蔓延していたのだ。一方、あの有名な一向一揆が全国各地で起こっていた、念仏の題目を唱え死をも怖れず突撃してくる信徒達。日本一同が「南無阿弥陀仏」と唱えていた時代ともいえよう。そのような暗黒の時代を経て現在に至る。

よくよく考えれば、これは凄い事ではないだろうか。決して悲観することは無いだろう。大聖人もきっと喜んでおられるに違いない。


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正法・像法時代の成仏と幸福とは。私はこのテーマが非常に大事だと思っている。大聖人の仏法思想から整理してみる。過去世に法華経の結縁がある者は、正法・像法に生まれて、そしてその時代の正しい仏道修行をこなし得道する。正法時代は小乗経や権経でOKで、像法時代は天台や伝教の法華経が正しい修行法である。ということになるが、その時代の成仏とは何か、幸福とは何かを深く思索していきたい。

正法時代は小乗や権経であるから、即身成仏では無い。
像法時代は天台や伝教の法華経であるから、これはどう捉えるべきか?
天台は小乗戒を受持した。四種三昧を助行とする(この中で常行三昧の口行の修行法として、阿弥陀仏の名を称えることが説かれている)、摩訶止巻の第五巻で一念三千を明かす。十境十乗観法によって悟りを得ることを目指す。
伝教は小乗戒を退け法華円頓の大乗戒を設けた。天台も伝教も同じく観念観法の修行である。
即身成仏と考えるべきか?それとも今世での成仏では無く死後の成仏(授記)と考えるべきか?そもそも観念観法の修行法は、一般の在家民衆では難しい修行法だったであろう。では殆どの民衆は成仏もできず、幸福にもなれなかったのだろうか?

人間はいつの時代も瞬間に一念三千の命がある。これは時代によって変わることが無い。ならば即身成仏の日蓮仏法、南無妙法蓮華経こそ、どの時代でも最適の修行法ではないだろうか?小乗や大乗や観心の修行で果たして成仏できたのだろうか?幸福だったのだろうか?この辺がいまいち明瞭でなく、いつも曖昧になる。そして、ここを深く追求する人もいない。

これらの時代に生きた一般庶民はどうすれば良かったのだろう。庶民は金もないから既成宗教の寺社に寄進もできない。檀徒と認められない。修行法が余りにも難しいので得道できない。中国や日本で一般庶民を中心に念仏が一気に広まったが庶民の視点で考えればそうなるのもやむを得なかったのだろうか。大聖人の三代秘法の仏法が誕生するまでは一般庶民が得道できる道はなかったのだろうか。

このあたりが非常に曖昧で、庶民という重要な存在が抜け落ちてしまっている。正法・像法時代の庶民の得道とは具体的にどういう実践方法があったのだろうか。

アソカ大王の時代の、仏塔の周囲で賑やかな祭りに興じる民衆。敦煌の絵画や、亀茲国の文献などを読むと、その時代の人々の成仏観や幸福感というものに非常に興味が呼び起こされる。彼らは現代の我々と何も変わらない、同じ人間である。

大聖人は「時に適うのみ」と時によるものだと仰せである。「正像に之を弘通せば小乗・権大乗・迹門の法門・一時に滅尽す可きなり」と正法時代に法華経(三代秘法)を説けば、外道によって法華経が失われる故に説かなかった、という趣旨の事を仰っている。或いは「されば仏の滅後正像二千年の間は煩悩の病・軽かりければ一代第一の良薬の妙法蓮華経の五字をば勧めざりけるか」「一切・時による事なり、されば正像二千年の間は題目の流布の時に当らざるか」とも仰っている。それは勿論わかっているのだが。

今後も衆生の機根という概念に関して、深く思索を続けていきたい。


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御義口伝を偽書扱いしてる連中がいるが、そういう連中は大聖人の御心が全くわかってないのである。御義口伝の内容は、例えば門下に書かれた御手紙の中にも内容が一致してる箇所が数多くある。大聖人の教学の要の部分を凝縮した講義を、日興上人がまとめられたのが御義口伝と考える事もできるだろう。

大聖人の真実の思想体系を知る為には、やはり大聖人に随順して、その人格を深く理解し、内奥の思想を大聖人から直接伝えられた高弟の理解を指標とする以外にない。

もしも日興上人の御義口伝が偽作ならば、それでは日興上人は殆ど何も残して無いことになる。大聖人に随順して最も多くの時間を共にした人が何も残さないなど有り得ないのだ。必ず講義などで師の教えを厳格に伝えているはずである。偽作主張をしてる連中はこんな基本も理解してないのである。

そもそも日興上人は何のために身延を離山して富士に日興門流を建てたのか。それは師の教えを厳格に順守する為である。その教えの核心部分である大聖人の講義内容を伝えないなど有り得ないのだ。

大聖人は晩年・身延にて法華経の講義に、弟子達の育成に心血を注がれた。その核心部分・御自身の法華経解釈の御見解を後世に何かの形で残さないのは逆に不自然であろう。

観心本尊抄も富木常忍に与えられたのだが、後世までの保管の意図もあったとされる。富木常忍の律儀な性質を信頼されたのだろう。


大聖人は「南無妙法蓮華経の良薬をば彼れ等が口には入るべき」と御自身の仏法を薬に譬えられた。間違った薬を飲んで不幸に陥り苦しんでいる衆生を救う為に人生をかけて闘争されたのだ。

現代でも、製薬の過程で、変な材料を混入すると大変な劇薬が出来てしまう。そんな毒薬を患者に用いれば被害は甚大である。また用法を間違えば患者にとって害が及ぶのも言うまでもない。大聖人も「うるし千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し」と用いられる教義に極めて厳格であられた。

真言を用いるべからず

大聖人の幼少の頃よりの大いなる疑問。なぜ承久の乱で主君の朝廷方が臣下の幕府方に敗れたのか。国家の興亡に関しての極めて重要な疑問である。仏門に入り、御遊学の中で諸寺院を回られて徹底的に研鑽され、ついに答えを見つけられた。それは真言の調伏祈祷が原因であると仰せである。

幕府から調伏の祈祷の依頼があった時に大聖人が何故応じられなかったのか。「殊に真言宗が此の国土の大なるわざはひにては候なり大蒙古を調伏せん事・真言師には仰せ付けらるべからず若し大事を真言師・調伏するならばいよいよいそいで此の国ほろぶべし」「誤った真言を用いれば国が滅んでしまう、日蓮を用いよ」との御心。五老僧はこの師匠の心が理解しきれなかったのである。彼らは、残念なことに大聖人の滅後に為政者の求めに応じて調伏祈祷に参加しているのである。

根本的にこの認識が違うのである。

自分でデタラメに調合した『毒薬』

「気楽に語ろう~」の渡辺氏など「日蓮仏法の一部をつまんで、他の宗派の良い所もつまんで、他の宗教の概念も混ぜ合わせて再構築をしよう」「龍樹と智顗の説に依拠して独自の曼荼羅の世界観を考えている」などと主張してる連中がいるが、要するに、この手の輩は取るに足らぬ知識でデタラメな薬を調合してるのである。自分でデタラメに調合した『毒薬』を飲んで頭破作七分の状態になっているのだ。仏法東漸の流れに完全に逆行して、中国の天台だインドの竜樹だのを本尊に鞍替えした輩の哀れな末路がこれである。まさに法華経寿量品で説かれる「飲他毒薬。薬発悶乱。宛転于地」そのものではないだろうか。

取るに足らぬ知識の断片をこねくり回して『毒薬』(我見の教義)を作って喜んでる様は子供じみていて、見ていられない程である。一刻も早く日蓮仏法に純粋に立ち戻ることを切に願うばかりである。



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御書を日々研鑽してる中で、大聖人の仏法思想でよく用いられる特徴的な表現語句が出てくる。

「松高ければ藤長く 源深ければ流れ遠し」(聖人知三世事)
「根ふかければ枝さかへ 源遠ければ流長し」(源遠長流御書)
「根ふかければ枝しげし 源遠ければ流ながし」(報恩抄)
「根露れぬれば枝かれ・源渇けば流尽くる」(弥源太入道殿御消息)
「根ふかきときんば枝葉かれず、源に水あれば流かはかず」(華果成就御書)
「源濁りぬれば流浄からず 身曲りぬれば影直からず」(一谷入道御書)
「根露るれば枝枯れ 源乾けば流竭く」(曾谷入道許御書)

大聖人はこれらの『根』・『源』という語句を使った表現を多く用いられている。それぞれの内容によって微妙にニュアンスを変えられている。この表現に大聖人の仏法思想がよく顕れていると感じる。

誤解してる人がいるといけないので説明するが、これらの語句自体は天台の「源遠流長」の表現をアレンジされてる形式になっている。だからといって天台の仏法思想では無いのである、大聖人の仏法思想を顕す表現として数多く用いられてる事を考慮しなければならない。なぜ大聖人が好んで使われたのかを深く思索すべきであろう。ちなみに章安の「取捨宜きを得て一向にすべからず」も数多く用いられてるが、御自身の仏法を語る上で先人の有名な言葉を引用されたのだろう。

大聖人は「久遠実成なくば千二百余尊はうきくさの根なきがごとし夜の露の日輪の出でざる程なるべし」と核心部分の表現に使用しておられる。

何があっても揺らぐことのない確固たる『信心の根』を固めていきたいと改めて思う。

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長年の疑問を記事にしてみる。

陳と隋の行く末

古代中国の天台大師の時代。天台大師に帰依した王。陳の皇帝、宣帝と後主(叔宝)。南三北七の宗派を対論させて、天台が法華第一を論証し、後主も三拝し帰依している。正法に帰依しているのに、その後、陳国が滅んでいるのである。しかも陳国は天台の祖国である。

時代は進み、統一王朝・隋の時代も国主(文帝と煬帝)が天台大師に帰依しているのに国家が滅んでいるのである。日本とは比べ物にならないほどの大帝国が滅んでいるのである。

もしも天台を弾圧して正法を滅ぼしたのならば「還著於本人として亡国の結果を招いた」と理解できるが、史実は全く逆なのである。これは一体どういうことであろうか。どう捉えていけば良いのであろうか。正法を用いているのにもかかわらず大国が滅びてしまっているのである。これは非常に重要ではないだろうか。

ちなみに大聖人は『貞観政要』を常に座右に置かれ、御自身が書写された真筆が北山本門寺に現存している。また、佐渡の流刑地にあっても檀徒に対して送るように依頼されている。さて、この貞観政要の中には隋の煬帝が暴虐な君主であり、臣下の忠言を聞かず、その結果、隋の国は滅亡したと書かれてある。当然ながら大聖人も御存知だったはずだ。

義農の世・唐虞の国

日蓮仏法が隅々にまで広宣流布して、その結果が平和と繁栄の世の中になると信じている人々は多い。果たして、どのような世界になるのだろうか。『世は義農の世と成り、国は唐虞の国と為らん』『四表の静謐』との言葉はあるが。どうも、いま一つイメージが湧いて来ない。

かつて、正法が広まった時代をイメージし参考にするのが妥当だろう。具体的には、天台大師の正法の時代と伝教大師の正法の時代であろう。

平安の治世

伝教大師は、南都六宗と公場対決を遂げ、そのことごとくを帰伏せしめた。大聖人は、桓武天皇が賢王であり、伝教大師を用いたから、以降は平安の治世になったと仰せである。

確かに平安の治世は長く続いた。平安時代は、死刑制度が停止されていた。日本の歴史的に見ても、それまでにない安定した平和的な時代であった。災害・飢饉・疫病も比較的少なく安定していた。この平安時代こそ「正法を用いて平和な時代がもたらされた世界」の一つの成功のモデルとして認識して良いだろう。

その平安時代の『太平の世』の終わりの原因を、大聖人はこう仰せである。天台座主である慈覚大師・智証大師が大日経と法華経と比較して理同事勝と定めたこと。しかし、当時はまだ明確に法華経と大日経の勝劣がついていなかったが故に世もすぐには滅びなかった。「其の時又一類の学者有りて堅く此の法門を諍論せし上座主も両方を兼ねて事いまだきれざりしかば世も忽にほろびず有りけるか」しかし、後の天台座主の明雲によって完全に真言が法華経より勝ってしまったのである。「天台座主明雲・伝教大師の止観院の法華経の三部を捨てて慈覚大師の総持院の大日経の三部に付き給う、天台山は名計りにて真言の山になり法華経の所領は大日経の地となる」

大聖人は、源平合戦で平家が滅んだ原因、承久の乱で天皇方が敗れ流罪に処された原因は真言の祈祷だと指摘されている。正法を用いず誤った法を用いたからである。

立正安国論では、正法を用いず邪法を用いるが故に、三災七難が起き、ついには自界叛逆難・他国侵逼難が起こると仰せである。

安易な結論を出さず研鑽を続ける

長年、天台時代の国主の末路に着眼した人は誰もいない。日蓮仏法の信者でも誰も考えたことがない。だから自分で考えるしかない。御書を丹念に読み返し、大聖人の足跡を追うことによって何か考察のヒントが得られれば良いのだが、今後も考察し続けていきたい。



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人法一箇(人法体一)
人本尊と法本尊。このテーマをずっと思索し続けている。
法華経という法がいかに優れていようが、それを弘める人がいなければ意味を成すのだろうか。或いは人格的に問題がある人が弘通しようとしても、それを受け入れる人がいるのだろうか。それを弘める人が、その法を体現した姿を現実に於いて示さなければ伝わらないのではないだろうか。

そのような観点から開目抄を拝読したい。なぜ竜の口の後にあの開目抄をしたためられたのか。

大聖人は誰よりも人間として魅力的で、人格者であられた。例えば、故郷を想う御書「其の時父母のはかをもみよかしと・ふかくをもうゆへに・いまに生国へはいたらねども・さすがこひしくて吹く風・立つくもまでも東のかたと申せば庵をいでて身にふれ庭に立ちてみるなり」等々を拝する時、門下に対する御配慮の御書を拝する時、大聖人の深い人間性を感じ取れる。

第廿五建立御本尊等の事
御義口伝に云く此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり、戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、日蓮慥に霊山に於て面授口決せしなり、本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云云。

法華経に書かれる通りの実践をされて、数々の難を受けられた。凡夫の身で、あれだけの行動をされたのである。竜の口での振る舞い、今にも首を切られそうな時に「これほどの悦びをば・わらへかし」と悠然としておられた。佐渡での振る舞い。発迹顕本とは凡夫の身のままで、かくも人間の尊厳性を証明されたということだろう。

法華経の思想・原理
経典の約束事として、一つの時代、仏国土に一人の教主である仏が説く
釈尊在世は釈尊が法華経を説き、不軽菩薩の時代は不軽菩薩が二十四文字の法華経を説き、末法に於いては大聖人が説かれた。弘める法、それを弘めるのは仏

御本尊の相貌を拝見すると
南無妙法蓮華経の首題の下に日蓮
大聖人を南無妙法蓮華経と一体不二の本仏と捉えていたか

このような観点から思索を進めて整理してみたが、人法一箇という概念は大聖人の仏法思想と一致するのではないのだろうか。


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大聖人の仏法とは何だろう。自分は、なぜ日蓮仏法を信仰するのか、他の宗派ではダメなのだろうか。と日々考えている。

日蓮仏法の特色は一生成仏、即身成仏である。凡夫の我々がその身を改めなくても成仏できると説かれるのである。それ以前の教えでは、例えば、天台・伝教は観念観法の修行であり、一部の修行者のみが成就可能なのである。多くの一般大衆には難しい修行方法である。また戒壇や戒律も煩雑で難しい。とてもじゃないが一般人では修行を成就できそうにもない。ではその他の宗派はどうか、爾前経は未来世の成仏であり、この一生では成仏できない。また、二乗作仏もない。どれもこれも不完全で納得ができない教えばかりである。部分的には優れている教えの箇所はあっても全体で見ると足りない。

法華経の一念三千、善業・悪業という業の概念をベースに、因果倶時にまで昇華させ、一般人が誰でも仏界を湧現できると説かれるのは大聖人の仏法のみなのである。諸法実相抄で仰せの「凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にして迹仏なり」とは、まさに革新的な発言である。南無妙法蓮華経の唱題行は、まさに凡夫にとって最適の修行法であると思う。「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う」と仰せの通り、御本尊に祈る南無妙法蓮華経の唱題行に全てが込められてる。逆に大聖人の仏法以外はピンと来ないのだ。現実に地に足をつけた宗教はこれしかないと確信する。

大聖人の仏法こそが『最も公平な生命観』なのだ。三世の生命という眼で見れば最も公平なのだ。

もしも、これを上回る思想・宗教、実践法があると主張するならば明示して欲しいものだ。「本尊とは勝れたるを用うべし」と大聖人が仰せの通り、よくよく調査し検討してみたい。しかし今までに日蓮仏法より優れた教えに出会ったことが無いのが事実である。

人間には死は必ず来る、中途半端な信仰では生死の荒波に飲み込まれるだろう。元バリ活の人達の中には大聖人の仏法を純粋に信仰せず、ある者は捨て、ある者は我見で都合の良い自己信仰に陥り、ある者は思想部分だけを参考程度に活用してるが、そのような『付け焼き刃の知識』では生死の荒波に飲み込まれて溺れ苦しむだけだろう。


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御書を拝すると大聖人が祈雨の結果を非常に重視されていたことがわかる。天台・伝教が行った祈雨。法然の祈雨。極楽寺良寛の祈雨。仏法の正邪の証明材料として重視されていた。大聖人御自身が良寛と祈雨対決を申し出て、負けたら弟子になるとまで言われた。御自身の積み上げてきたもの全生涯をかけた勝負だった。つまり祈雨の結果が仏法の正邪を決める要素であったのだ。

祈雨の勝負を仕掛けるという事は、御自身の宗教的生命を賭すものであり、御自身の祈りが天候をも左右できるという絶対の確信がなければ到底行える事ではない。

このあたりは現代人の我々は軽視してる傾向にあるのではないだろうか。あの有名な「一丈のほりを・こへぬもの十丈・二十丈のほりを・こうべきか」(種種御振舞御書)という御文も雨乞いの祈祷に関してなのである。

現代人から見れば、祈祷によって天候に影響があるという考えは非科学的だと思うだろうが、果たしてそうバッサリと切り捨てていいのだろうか。仏法の『依正不二』の法理によれば、環境世界と自己の生命は一体のものであり、自身の一念が世界をも動かし得るもの説かれる。透徹した一念の祈りが、法界、自然、大宇宙に及ぼす影響を今の科学で観測・証明できていないだけではないだろうか。

次元は違うが、重力波というのは、かつては存在が疑問視されていたのだが、その存在が近年になって証明された。理論的には、身近な人間同士が腕を組んでぐるぐる回転するだけでも時空のゆがみは発生し、重力波を発生させているのだが、余りにも小さすぎて観測ができないのである。今の物理学のレベルでは観測の手法すら思いつかない。しかし100年後には超精密な観測手法が開発されて、波形をキャッチできる製品が製造されている可能性は否定できない。

人間の祈りが環境に及ぼす影響というのは、現代の科学では観測ができてないというだけで、無という結論を出すのは早計だろう。


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