大石寺系の主張はこうである。大聖人は釈尊から三大秘法を相伝された。それは経文上には書かれていない。「法体」である三大秘法は、面受口決により教主釈尊から上行・日蓮大聖人へ相伝されたのである。つまり「法体」というものは、経文上で不特定多数の者に相伝するのではなく、仏法の混乱を守るために面受口決により唯授一人へ相承するものなのである。と


法体はあくまでも三大秘法である。法体が戒壇本尊という証拠など何処にもない。大石寺系が勝手に創作しているに過ぎない。様々な資料がそれを証明しているではないか。そして大石寺系は一度もマトモな反証ができていない。

御書から自分達の都合の良い所だけを切り文して利用して、戒壇本尊の正当性をアピールしている。相伝という外部から見ればブラックボックス状態なのを良い事に、中に無理矢理に戒壇本尊を捻じ込んでいる。

一大秘法が戒壇本尊に収斂されるなど日寛師の独自説である。そのような教義は日蓮仏法ではない。日興上人・日目師の時代には全く見られない。記録にも全く無い。





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