アナトール・フランスの『神々は渇く』の主人公エヴァリスト・ガムランは純粋な青年であった。革命下のフランスに於いて様々な人物の影響を受ける。若い頃は特に影響を受けやすい。

だが、今や彼は、賢人(ロベスピエール)の声に啓蒙されて、より高い、より純粋な真理に目覚めた。彼は革命的な形而上学を会得したのだ、そして、そのおかげで、彼は自分の精神を、粗雑な当てずっぽうの域を超えて、勘違いなどの余地の無い、絶対的確実の領域にまで高めることが出来た。

「事態はそれ自身錯雑し、混乱に満たされていた。そして、色々の出来事はいかにも複雑で、容易にその真相を捕捉しがたいほどだった。しかるにロベスピエールはそれを単純化して彼に示してくれた。善悪を単純なハッキリとした型に分けて見せてくれた。

例えば連邦主義者のなかには地獄の責め苦があるというように。ガムランは、一人の信者が救いの言葉と呪いの言葉との区別を知った時のような、深い歓喜を味わった。

今後革命裁判所は、往年の宗教裁判所みたいに、絶対的罪悪と言葉の上の罪悪とを識別できるに違いない。ガムランはもともと宗教的な気質の持ち主だったので、暗い熱情でこれらの啓示を受け入れた。彼の心は奮い立った。そして、今後自分が犯罪の有無を識別する場合にその基準とすべき心情を把握したかと思うと、我ながら天にも昇る心地だった。おお、信仰の宝庫よ!お前さえあれば、もう大丈夫だ。」

彼は共和主義思想を信奉しロベスピエールに心酔する。それは信仰心そのものだった。そしてロベスピエールの単純化された思想によって物事の判断の基準が出来上がった。

近視眼的で視野狭窄とも言うべき善悪の判断基準で陪審員としての仕事をこなしていくことになる。その結果、多くの無実の人を有罪として裁き、ギロチンにより命を奪ってしまうのである。悲劇そのものだ。

現実は複雑である。それを踏まえて丁寧に一つずつ応接していかねばならない。


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