かつて「静かに創価学会を去るために」の記事にて鯛焼き氏の経緯に触れた事がある。今回はこの鯛焼き氏が立ち上げたブログ『シニフィエさんとの対話』(このブログタイトルに関して、シニフィエ氏側は勝手に名前を使わないで欲しいとの苦言を呈している)の内容に触れてみたい。

支部長としては

長年第一線の活動家として頑張ってきた、創価の現役の支部長である。創価組織を守ろうという気持ち(=使命感)は誰よりも強い。支部長としては、部員さんから見れば頼れる存在なのだろう。地元の地域の人達とも折り合いは上手くつけていると思われる。

組織人間の典型

『ものを考えない人』よりも性質が悪いのは『創価組織が絶対に正しい』という発想で論理を構築する人である。この鯛焼き氏こそ組織第一・組織人間の典型であろう。アンチからは『創価脳』と酷評されている。長年の創価組織での薫陶によって形成された思考である。

以下、特徴的な要素を挙げてみる

本尊論

年末年始にかけて、ダメ出し氏と本尊論の応酬が続いていたようだが、鯛焼き氏の本尊論は傍から見ていても余りにも苦しい。

彼の主張によれば、御本尊の相貌があれば全てが『本門の本尊』として認定できるという。創価オリジナルでも、手書きでもOKとの事。あまつさえ排泄物にさえ文字を印字すれば、それも(理論的には)本門の本尊になるという。そして、それを祈る人間の気持ち次第で『(鯛焼き流)三大秘法』が成立するかどうかで、OKかどうか決めるという。普通は排泄物の本尊に対して拝む気持ちになれないので成立しないと力説しているが、逆にいえば、排泄物に印字された本尊でも疑う事無く厚く信仰する人がいれば成立する、という珍説である。

更に、鯛焼き氏は後付けで『自行化他』という条件を付随させてきた。これは最初に発表した『創価学会の本尊の件』記事には無かった要素である。今までは本人の気持ちだけだったが、それに加えて他者も納得できる相貌が必要条件とのこと。(おそらく反論されて困ったので後付けしたのだろう)

創価のカラーコピー(一部改竄)本尊はOKだが、個人がカラーコピーした本尊はNGだという。創価の手書き本尊はOKだが、個人の手書き本尊はNGとのことだ。それは個人の場合は『(鯛焼き流)三大秘法』が成立しないという理由である。要するに拝む側の気持ち次第だというのだ。自分と他者が納得できればOKで、納得できなければNGとのこと。

要するに、創価組織のカラーコピー(一部改竄)本尊のみがOKで、他の組織や個人はNGだと言いたいだけなのだ。おそらくは「顕正会の御本尊もNGです。なぜなら創価に許可なく勝手に本尊を複製すると和合層を破る事になるから」と主張するのだろう。どこまでも「創価のやることが常に正しい」という前提の説である。

とうとう鯛焼き氏は、更に後付けで「前提として『正しい和合僧団』に属することが必須」だと言い出した。これが何を意味するのか明らかである。正しい和合集団とは創価の事であり、宗門や顕正会・その他は、全て正しくないということだ。つまり創価の会員以外が御本尊を拝んでも『(鯛焼き流)三大秘法』が成立しないからNGだと言っているのだ。

この鯛焼き流の本尊論を読んで納得できる人は皆無と思われる。何故にこれほど酷い説が出てくるのか。それは『創価組織のやっていることが正しい』という絶対条件から発想をスタートしているからだ。どれだけ矛盾があろうとそれを正当なものとして肯定しなければならない。その為には、あのようなオカシな解釈をせざるを得ない。当然、穴だらけの理屈になってしまうので、その都度、何とか辻褄を合わせようと補完解釈を付け加えることになる。結果、ますますオカシなものになる。

過去の『永遠の師匠』の発言との相違

戸田会長や池田名誉会長による大御本尊などの関連についての発言と、現在の創価執行部による教義の相違に関して。鯛焼き氏が曰く「それは宗門との関係が切れる前の発言だから」「現在は謗法の巣窟になっているから」と宗門との対外関係の悪化が原因との説明をしている。

しかし冷静に考えて欲しい。本尊とは教団の根本教義ではないか。その教義が対外関係の変化によってコロコロと変わって良いのだろうか。そうなると、何十年か先に宗門と関係が改善した時には同じように本尊を変更するのだろうか。まるでカメレオンのような本尊論である。

組織の具体的な活動内容は、時代の変化や、外部組織との対外関係の変化によって都度変更があっても仕方が無いだろう。しかし根本の教義だけは変更してはならない。



中国への認識

かつてシニフィエ氏との対話の中で、海外布教・特に中国布教に関して言及していた。「国内としては会員数は減少しているが、今後は海外布教で補うのを期待している」「これからの世界広布のカギは中国だと思ってます。北朝鮮とかイスラム圏でも将来的には布教可能になって増えるとは思いますが、まずは13億を有する中国でしょうね。中国で布教可能になれば一気に世界広布は進みます」「(執行部は)布石は着実に打っている印象を持ってます」という趣旨の発言をしていた。

なるほど人口13億の巨大国家のポテンシャルに魅力を感じ夢を抱く気持ちはわからないでもない。だが、ちょっと待って欲しい。創価は中国とのパイプを50年近く前から築いてきた。しかし現状はただの一人の会員も誕生していない。この数十年で中国布教は一歩も進んでいないのだ。

そもそも中国は当局の統制下に置けない自由な信仰は絶対に許さない。管理下に置けない組織的な活動を警戒しているからだ。法輪功や地下教会における苛烈なまでの弾圧を知らないのだろうか。中国に人権という言葉は実質的には無い。集会・結社の自由も現実的には無い。こんな国でどうやって布教を進めるというのだろうか、教えて欲しいものだ。

そんな架空の世界を語るよりも、現実に中国で起こっているチベット民族や新疆ウイグル自治区の方々への人権弾圧(もはやそれすら生ぬるい表現かもしれない。大虐殺と呼ぶべきか)を直視すべきだろう。これらの記事(記事1記事2記事3)を読めばどれほど苛烈な仕打ちか想像できるだろう。そして現役の支部長ならば、中国に対して毅然とした抗議のメッセージを発信するように創価中央組織に強く訴えるべきだろう。

池田名誉会長は中国の公的機関から様々な名誉称号を授与されているのだから、虐げられている中国人の生命と尊厳と人権を守る為に、発言するのは当然の責務ではないだろうか。(これは以前の記事・創価の中国人権弾圧への黙認でも指摘させて貰った)

(チベット民族やウィグル民族の信教の自由と人権を守るために、創価が毅然とした態度を示すことで中国に変化を促す。それにより中国における信教の自由が実質認められるようになる。よって将来的に創価の布教につながる。という論法ならば、これならば一応の理解はできるのだが)

常連のTS氏

なお、当該ブログには常連にTS(鯛焼きサポーターの略)氏という興味深い人がいる。彼はいわゆる『バリ活』では無く、言うなれば『ゆる活』という活動スタイルをとっている。彼は鯛焼き氏のような「創価が絶対に正しい」という組織人間ではなく、創価の現状の問題点もズバズバ指摘できる人である。特に選挙支援活動や数字ノルマに追われる活動内容に警鐘を鳴らしている。今の創価組織には珍しいタイプのメンバーである。

このTS氏と鯛焼き氏は、対アンチ(対シニフィエ)という点では考えが一致しているが、創価の活動方針にテーマが移ると意見が割れることが多い。コメント欄でTS氏が鋭い指摘をするのだが、鯛焼き氏は巧みに論点をずらして流そうとしている。TS氏も創価会員なので同族意識もあり、また他人のブログでもあるので、それ以上は追及するのには遠慮している。


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