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現世のみに限定すれば、生命は公平とは言えないだろう。

生まれながらに重い病を抱え、長く生きることが出来ずに死んでいく赤ちゃんが存在するのだ。この現実を避けては通れない。

例えば、先天性の重度の心疾患を抱えて生れてくる場合など。現代の医学では助けようが無い。助かる可能性はゼロである。

この赤ちゃんは生まれてすぐに死亡してしまったのだ。一方で病気一つせずにすくすくと育っている大勢の赤ちゃんがいる。現世のみで見れば、こんな不公平なことはないだろう。

キリスト教などの一神教の信徒は「この赤ちゃんの死にも意味があるのです。神様がお決めになった事には全て意味があるのです」「赤ちゃんの魂は神様の元に召されて幸せに過ごすでしょう」と答えるのだろう。しかし、このような不条理には到底納得ができない。一神教は本質的に不公平を是認しているのである。それを尤もらしい理由を付けてるに過ぎない。

一方、これをイプシロン氏のような無神論者は「運が悪かった」で済ますつもりだろうが、そんな詭弁は最早通用しない。

生命が公平である為には。やはり三世の生命というものが確かに存在する。この赤ん坊は過去世の悪業により現世の果となった。そのことを避けては通れないだろう。

法華経の薬草品・サンスクリット原典(鳩摩羅什訳には無い)に「この人の過去世の悪い行い(悪業)によって病気が生じたのである」と明記されている。



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