(まだ思索メモ段階の為、当該記事へのコメントは御遠慮ください。
 この段階でコメント頂いても削除致します)


広宣流布とはどのような状態を指すのだろうか。

創価は組織が拡大することが広宣流布だと主張しているが、
果たして、創価の会員数が増えることが広宣流布となるのだろうか。
池田名誉会長に名誉称号が授与され、その数が増えることが広宣流布につながるのだろうか。

現在の活動内容を考えてみる。
・純粋な教学にかける時間は1割以下
・人間革命を常に携帯し研鑽する、まるで現代の御書のように扱う
美化された創価の歴史を幾ら学んでも、それが何になるというのだろうか。そんな事に時間をかけるより、御書の拝読に全時間を使うべきだろう。
・各種の会合(会合の為の会合、事務連絡が大半、打ち出し目標の徹底)
・選挙支援活動や、新聞推進(集金)、書籍推進、チケット推進
創価の活動家は、聖教新聞の啓蒙・購読の拡大が広宣流布につながると主張している。だが、それは創価組織を美化してアピールしているだけで、それが日蓮仏法の伝道に直結しているかは疑問である。書籍も各種チケットも同様である。

いくら組織が拡大しようと、純粋な日蓮仏法の要素が薄いのでは価値がない。創価という組織が、日蓮仏法の実践行動としてふさわしくない打ち出しばかり出すようだと、逆に信仰の妨げになってしまう。

いくら会員数を増やしても、『永遠の師匠』に対する師弟不二。組織に対する忠誠心。そんなものを植え付けられても意味が無い。

いくら入会して会員が増えようとも、日蓮仏法への信を深め、教学を研鑽し、日々の生活の根本に置かなければ意味が無い。入会は単なるきっかけに過ぎない。創価の会員が増えることがイコール広宣流布では無い。

真の広宣流布とは、日蓮仏法を根幹として日々の生活に活用する事ではなかろうか。日々、日蓮仏法への信仰心を深めていく。身近な人に語り伝えていく事であろう。


創価を退会した人が、日蓮仏法すら捨ててしまう原因には、創価の指導に原因があるのではなかろうか。組織の打ち出しに服従することばかり教え込んで、追い詰めてしまったので、日蓮仏法に対する誤解を与えたのだろう。

STBや販促ビデオ等々でしきりに美化アピールをしているが、





にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村