大聖人の厳格な一面

念仏者・追放せしむ宣旨・御教書・五篇に集列する勘文状
の中で
日蓮尩弱為りと雖も勅宣並に御下知の旨を守りて偏に南北明哲の賢懐を述ぶ猶此の義を棄置せらるるに非ずんば綸言徳政を故らる可きか将た御下知を仰せらるる可きか、称名念仏の行者又賞翫せらると雖も既に違勅の者なり関東の御勘気未だ御免許をも蒙らず何ぞ恣に関東の近住を企てんや、就中武蔵前司殿の御下知に至りては三代の将軍並に二位家の御沙汰に準じて御沙汰を改むること有る可からずと云云


謗法の専修念仏の連中に対して

・厳格に宣旨を履行すべきであると仰せである。
・処罰すべきであると仰せである
・念仏信徒を断罪処置された事に対して肯定しておられる。

また、念仏信徒どもが鎌倉に跋扈しているのは、宣旨・身教書の通りに取り締まりが履行されていないからであると断じておられる


この御文から伺える事は、大聖人は、権力によって邪法が弾圧されることは否定されてなかった。
その結果、衆生達(信徒や民衆)が
門葉等は遁るべきの術を失い或は山林に流浪し或は遠国に逃隠す、爾してより華夷・称名を抛ちて男女・正説に帰する者なり
と正法に帰する事になったことを安堵しておられる。

当時は、宗教は国家管理されていたのである。従って邪法は天皇・上皇や幕府が許可しないように図らわれるべき、とのお考えであった。

大聖人の願いは、
日蓮不肖なりと雖も且は天下の安寧を思うが為・且は仏法の繁昌を致さんが為に強ちに先賢の語を宣説し称名の行を停廃せんと欲し又愚懐の勘文を添え頗る邪人の慢幢を倒さんとす
と仰せの通りである。




一方、立正安国論の中で、
全く仏子を禁むるには非ず唯偏に謗法を悪むなり、夫れ釈迦の以前仏教は其の罪を斬ると雖も能忍の以後経説は則ち其の施を止む、然れば則ち四海万邦一切の四衆其の悪に施さず
と仰せである。謗法の輩を斬罪にするのではなく、布施を止める事である。


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