大聖人は身延の地がベストとは思われてなかった。身延は、四方を難所に囲まれて、非常に往来が不便である。また気候も非常に厳しい。冬は極寒のように冷え込む。
此の山の体たらくは西は七面の山・東は天子のたけ北は身延の山・南は鷹取の山・四つの山高きこと天に付き・さがしきこと飛鳥もとびがたし、中に四つの河あり所謂・富士河・早河・大白河・身延河なり、其の中に一町ばかり間の候に庵室を結びて候、昼は日をみず夜は月を拝せず 冬は雪深く夏は草茂り問う人希なれば道をふみわくることかたし、殊に今年は雪深くして人問うことなし(種種御振舞御書)
去年十一月より雪降り積て改年の正月・今に絶る事なし、庵室は七尺・雪は一丈・四壁は冰を壁とし軒のつららは道場荘厳の瓔珞の玉に似たり、内には雪を米と積む、本より人も来らぬ上・雪深くして道塞がり問う人もなき処なれば現在に八寒地獄の業を身につぐのへり、生きながら仏には成らずして又寒苦鳥と申す鳥にも相似たり、頭は剃る事なければうづらの如し、衣は冰にとぢられて鴦鴛の羽を冰の結べるが如し(秋元御書)

身延に居を構えられた経緯

又賢人の習い三度国をいさむるに用いずば 山林にまじわれと・いうことは定まるれいなり(報恩抄)
権力者との一定の距離を保つ。刺激させすぎない。
世間的には隠居の体を装う。
各地域の門下への距離が比較的に近い。実用的な範囲内。
門下達と短い日数で指導等のやりとりができる。

理想の戒壇のモデル

迹門の正当な総本山であった比叡山延暦寺。絶頂期の延暦寺を理想の戒壇とされた。それと比べれば身延はベストではないだろう。

現実即応

有力檀徒となった波木井氏の好意があるので、建てようと思えばすぐにでも建てる事は出来たのだが、実際には立派な堂を建てられなかった。三間四面ばかりの草庵で寝食を共に去れた。その修繕も門下達にやらせていたようだ。十間四面という立派な大坊が完成したのは最晩年の入滅される前年であった。このことからも、当初、身延は『仮の拠点』であることを認識されていたと推察する。

幕府の情勢によって柔軟に対応されたのだろう。仮に、平頼綱に代表される強硬派が失脚して、(大聖人に一定の理解がある)穏健派が実権を握ると大聖人の教団に対する締め付けも和らぐ可能性がある。そのような情勢になれば、もっとアクセスが良い景勝の地に本拠を移設することも想定されていたのではないか。

しかし、現実には平頼綱のような御内人が実権を握り続けた。大聖人は、腹の重い病気が続き、衰弱が進み、死期が近いと覚られた。どうやら自分の生きている間には、身延を出て立派な本拠地を構えて大々的な活動が出来そうにもない。そう諦めたのだろう。

弘安4年(1281年)10月前に波木井氏の推薦を受け入れ、身延の地に「坊はかまくらにては一千貫にても大事とこそ申し候へ」と仰せのような鎌倉の寺院に匹敵するほどの立派な大坊の建設が開始された。これは現実に『妥協』されたのではなかろうか。他の檀徒達からの布施もあった。例えば富木常忍は銭四貫文を供養している。門下達も待ち望んでいた大坊の建設であったのだろう。「銭四貫をもちて、一閻浮提第一の法華堂造りたりと、霊山浄土に御参り候はん時は申しあげさせ給ふべし」と称賛されている。『一閻浮提第一の法華堂』とまで仰せである。そして完成したこの大坊を、自ら『身延山妙法華院久遠寺』と命名されたという。これらの事から推察するに、ここを『本門の戒壇』の場所として認定されたのだろう。

しかし、そうなると三大秘法抄との整合性はどうなるか。弘安5年(1282年)4月の御作である。私の解釈だと、大聖人の理想が込められていると拝する。つまり、現実は身延の大坊が本門の戒壇であるが、いずれ条件が整った時に景勝の地に移設することも考慮されていたのだろう。それが遠い未来だったとしても。

国家の認定が必要

当時、一つの宗として認められる為には国家の認定が必要であった。現代のように信教の自由は保障されていない。幕府と朝廷から認められる必要があった。勅宣並に(関東)御教書を出して貰う必要があった。

大坊が完成した頃は、まだ許可が貰えてなかったと考えるのが自然である。故に、大聖人はその認可を貰うのを念願しておられたのだろう。

弘安4年(1281年)に大聖人は朝廷に対する諌暁を開始されている。もはや今の鎌倉幕府が大聖人の御意見を取り入れる可能性が実質的に無くなったという現実を直視されて、朝廷に対する働きかけを開始されたのである。当時、幕府と並ぶもう一つの宗教的権力であった。

三大秘法抄より

未来の門下達の為に、もっとアクセスが良く、景勝の地を『理想の戒壇』と構想されておられたと推察される。そこが理想上の『本門の戒壇』の場所にあたる。

勿論、身延の地も重要な修行の場である。「参詣遥かに中絶せり。急ぎ急ぎに来臨を企つべし」(南条殿御返事)と指導されておられる。



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