現実社会で、殆どの人間が犯罪に手を染めないのは、法治国家であり、警察制度が確立されているからだろう。犯罪が判明すれば、国家によって裁かれ罰を受ける。社会的な地位を奪われ、周囲からは軽蔑され、金銭的にも苦境になる、身内からは離縁される、子供もイジメに遭うリスクが高い、まさに破滅である。だからこそ、犯罪を抑制できているのだ。

もしも露呈しなければ、人間は悪いことでも平気でやろうとするだろう。

企業が産業廃棄物をこっそりと私有敷地内に埋めていた。数年、或いは10年以上発覚しなかったが、とうとう正義感の強い内部告発者が出て、それがきっかけで発覚した。そのような事件は枚挙に暇が無い。記事1 記事2 記事3

国家の法治が及ばない所、露呈がないと思われる所、信仰を持たない人間ならば平気で悪事でもやるだろう。しかし世の中の多くの人間は何らかの宗教を信じている。イスラム教でもキリスト教でも仏教でも、死後の裁き・死後の生命が説かれている。

一神教の信者はこう思う「誰も見ていないし、監視カメラも無い。絶対にバレることはない。でも神様は見ておられる。自分が死んで、神様に裁かれる時が怖い」だからこそ、そのような条件下でも踏みとどまる抑制力になっているのだ。


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