ジョージ・オーウェルの名作『動物農場』は世界的に有名である。旧ソ連共産党の腐敗を風刺した作品であることは周知の事実だが。今回、久しぶりに読み返してみた。すると、現代に於ける宗教組織にも通じるものがあると感じた。深く印象に残った箇所をピックアップしてみたい。

動物達は奴隷のように働いた。しかし働きながら彼らは幸福だった。自分たちのやっている全ての事は自分たち自身と、後から生まれてくる子孫たちの為であって、決して、のらくらしながら他人の者を盗む人間ども一味の為では無いことが充分にわかっていたので、彼らは、どのような労苦も犠牲も惜しまなかった。
(打ち出しノルマをこなすのは本当に厳しい、だけど「福運を積む」為に、身を粉にして組織活動に勤しむ。これが『幸福の軌道』なのだと信じさせられている)
「わしがもっと働けばいいのだ」「ナポレオンはいつも正しい」というこの二つの合言葉が、彼にとっては、全ての難問題に対する充分な回答であるように思われたのだった。彼は雄鶏と打ち合わせて、朝30分ではなく45分早く起こして貰うことにした。そして余暇(といっても、今では大した余暇も無くなってしまったが)にはいつも一人で石切り場に行き、割れた石を一荷分集めて誰にも手伝って貰わないで風車建設用地まで引っ張って行くのだった。
(地元組織から活動家がどんどん減っている。新聞配達などの人員がいない。自分が更なる負担を引き受けるしかない。これが『自分の使命』なのだと言い聞かせる。)
スクィーラー(豚の宣伝係)は演説する時には、いつも頬からポロポロ涙を流しながら、ナポレオンの英知と心の優しさと、あらゆる所の全ての動物達、とりわけ、他の農場で、いまだに無知と隷属の状態に甘んじている不幸な動物達に寄せている深い愛情について語るのだった。見事に出来上がったり、幸運に見舞われたりする事は、何でも全てナポレオンのおかげにするのが通例となった。
(ありとあらゆる会合で、幹部達が『偶像』を、これでもかとばかり賛美する。「先生は全てお見通しなのです!」「先生!ありがとうございます!」と賛美する甲高い声のトーンが特徴的だ)
農場は、今や繁栄の一途を辿り、組織も改善された。その敷地も、ビルキントン氏から買い入れた牧草地二つ分だけ広くさえなっていた。風車も、とうとう首尾よく完成し、農場には、専用の脱穀機と干し草用のエレベーターが備え付けられた。色々な新しい建物が増築された。
(本部組織も大きくなって、立派な建物が次々と増築されていった)
どういうわけか、動物たち自身は、前と比べてちっとも豊かにならないのに―――といっても、勿論豚と犬とは別だが―――農場は前より豊かになっているようだった。それというのも、一つには、豚や犬の数が非常に多いせいかもしれなかった。なにも、これらの動物達が彼らなりの働きをしなかった、というのではない。スクィーラー(豚の宣伝係)が飽きもせずに説明したところによれば、「農場を監督し、組織することは、どこまでいってもキリのない仕事だった。こうした仕事の大部分は、無知な他の動物達には、とてもわかりっこないような種類のものである。例えば、我々豚達は毎日『とじ込み文書』『報告書』『議事録』『覚え書き』などというまるで謎のような難しいものと取り組んで、大変な労力を払わなければならないのである。」とスクィーラーはみんなに説明した。
(本部の偉い人達は、先生のお膝元で、一般会員達とは違う特別な役目を負っている。だから特別待遇でも良いのだ。一般会員は彼らに『おまかせ』する。)
しかし、そうは言っても、豚も犬も、自分達が働いて食物の一かけらさえ生産するわけでは無かった。しかも、彼らの数は大変多く、食欲はいつも旺盛だった。
(中央の宗教貴族達を養うのは大変である)
他の動物達はどうか、といえば、彼らの生活は、彼らの知る限りでは、昔と変わらなかった。たいていは腹が空いており、藁の上で眠り、池の水を飲み、畑で働いた。冬は寒さに苦しみ、夏はハエに悩まされた。

昔と比べて生活事情が良くなっているのか否か、はっきりと見極めようとしたが、思い出せなかった。現在の生活と比べてみる基準が全くなかったし、いつも決まって「全てが次第に良くなっている事をハッキリ示している」スクィーラーの数字の表の他には、根拠にする資料も何一つないのだった。動物達にとって、これは解けない難問だった。ともかく今はそんなことをじっくり考えているような暇は殆ど無かった。
(出てくる数字は大本営発表の数字だけ。客観評価できる資料は殆ど無し。次から次へと下りてくる打ち出し目標によって、一般会員には考える暇を与えない。こうやって本部執行部に対する疑問を起こさせない)


この小説は、現代に於いても通じる、不朽の名作といえるだろう。ジブリアニメで有名な宮崎駿監督は「現代は、あの農場よりはソフィスティケイトされているような気もするけど、基本構造は、全然変わっていない。豚じゃなくて別のものに入れ替わっているだけ」と非常に鋭い指摘をされている。現代に於ける宗教組織でも酷似した構図ではないだろうか。


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