もはや『気軽に~』の渡辺氏は、仏教徒でも何でもない破仏法の輩に成り下がっている事は明白であるが。またまた目を疑う行動をしていた。何と伊勢神宮に参拝に行っていたのだ。そして、その報告を自らTwitterでツイートしていた。

別に、この輩がいかなる信仰を持っても自由であるが、己のブログやTwitterで、あれほど釈迦や日蓮仏法に執着しているのに、その一方で伊勢神宮に参詣するとは呆れてものも言えない。日頃から仏法関連を学んでいるのは何の為だったのだろうか。

宗教をコロコロと取り替える

これがこの輩の正体なのである。彼は常に、創価バリ活や法華講員の人達に対して「屹立した信仰者たれ!」と『覚醒』を呼びかけていた。その渡辺氏のやってることは日本人的宗教観の『正月は初詣、葬式は仏教で、etc』と気分とシチュエーションに応じて宗教をコロコロと取り替えるスタイルなのだ。創価活動家や法華講員の人達からすれば、こんな気分や知識に応じて信仰の対象である本尊をコロコロと取り替えるような輩に言われたくないだろう。これが『屹立した信仰者』と豪語する男の正体なのである。

「独自の曼荼羅」発言は戯言

彼は、以前に「龍樹と智顗の説に依拠して独自の曼荼羅の世界観を考えている」と意味不明な事を述べていたが、まるで『自分が新しい本尊を創造する』と言わんばかりの発言だったが、ただの戯言だったと己で証明したことになる。

迷走を極める信仰心

もうおわかりのように、この輩には日蓮仏法・釈迦仏法への信仰心のカケラも残っていない。ただただ自分の都合のよい『我見解釈』で知識の遊戯をしてるに過ぎないのである。ここまで迷走した信仰の姿を見るのは痛々しい限りである。

底の浅い人生観

彼はTwitterで頻繁に、飲酒と食事とブランドの時計を投稿しているが、酒とグルメが至福の時らしいが、要するに種々の欲望を満たす事が全てなのだろう。何とも底の浅い人生観を露呈している。そうやって一生酔っぱらって終わるのだろう。


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