大聖人御在世の当時の仏教界に於いて、修行僧にとって天台本覚思想は一般常識的な知識とも言えよう。「先ず天台一宗に於て流流各別なりと雖も、慧心・檀那の両流を出でず候なり。慧心流の義に云く、止観の一部は本迹二門に亘るなり。」(立正観抄送状)と仰せのように、当時の中古天台が慧心・檀那の両流を中心として多くの流派に分裂し存在していたことが伺える。

なお、立正観抄は日進書写の証明により真選が確実視されている。

立正観抄の中で「目を開いて妙法を思えば随縁真如なり目を閉じて妙法を思えば不変真如なり」と随縁・不変の両真如が説かれている。

このような思想潮流の中にあって、大聖人門下達も天台教学を学んだ者は、中古天台の教学は常識であったのだろう。最蓮房や。

最蓮房あての御書には中古天台の用語を用い表現されたものが数多くある。

如説修行抄に「諸乗一仏乗と開会しぬれば何れの法も皆法華経にして勝劣浅深ある事なし、念仏を申すも真言を持つも・禅を修行するも・総じて一切の諸経並びに仏菩薩の御名を持ちて唱るも皆法華経なりと信ずるが如説修行の人とは云われ候なり」と仰せである。つまり開会した後には、念仏も禅も真言も全て法華経であって勝劣は無いとする。この思想こそ、まさに天台本覚思想である。大聖人は明確にそれを「予が云く然らず所詮・仏法を修行せんには人の言を用う可らず只仰いで仏の金言をまほるべきなり」と否定しておられる。

(以下、少しずつ追記予定)


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