(思索メモ段階)
以前に記事で書いて思索を続けているのだが、日蓮仏法・法華経は芸術の大いなる源泉である。

大白牛車御消息の中で、譬喩品の大白牛車について詳細に述べられておられる。(鳩摩羅什訳では省略されてるようだが。大聖人は梵語の原典を御覧になったようである)。この荘厳な情景を芸術で表現することは素晴らしい。既に絵画や壁画や彫刻で、様々な名作が存在している。「帝釈は諸の眷属を引きつれ給ひて千二百の音楽を奏し」と音楽のことも仰せである。音楽の分野でも積極的に表現すべきだろう。

有名な柴又・帝釈天の法華経説話彫刻は見事という他ない。欅の一枚板を彫り上げた、透かし彫り技法による彫刻は今にも飛び出してきそうな大迫力である。制作責任者の加藤寅之助は一枚の写真も肖像画も残さなかったらしいが、作品に全てを捧げ法華経の心を伝えたいという使命感であろうか。制作途中で関東大震災が起こり、胴羽目10枚のうち8枚の材料を消失してしまった。彫刻に使えるほどの巨大な欅を見つけるのに日本中を駆けずり回り7・8年もの歳月を要したらしい。制作者達10人は参道周辺に住み込み境内に建てた小屋で作業を行った。この作品に懸ける執念を感じる。この原図の法華経宝塔曼荼羅図は圧巻である。

残念に感じたのは、作品の一つ、多宝塔出現の図(見宝塔品第十一)を見て、何ともこじんまりした塔に見えてしまう所である。見宝塔品第十一では「高さ五百由旬、縦広二百五十由旬なり」と説かれる。これは、小さく見積もっても地球の直径の3分の1にも及ぶ大きさである。彫刻上でも、もっと多宝塔のサイズを大きく描いたほうが法華経のスケールの大きさを表現できたのではないか。

日蓮仏法を基調にした芸術といえば、長谷川等伯や狩野派があげられる。また琳派もその祖師を見れば日蓮宗との関係が密接とのことである。当時の京都は、商工業に携わる町衆を中心に法華信仰が広がっており『題目の巷』と称されるほどであった。光悦流の祖である本阿弥光悦が中心となって営んだ『光悦村』はまさに法華の芸術村であった。

技術の進化により、芸術分野において、コンピューター・グラフィックスも表現の対象になった。
最新のVR・AR技術を利用すれば、法華経の壮大なる会座をよりリアルに描けるのかもしれない。霊鷲山の会座など疑似体験できるのかもしれない。
絵画や彫刻や文学では表現できない要素も可能になる。


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