日蓮仏法を根本に自分の日常生活に反映させていく。
その影響は自分の周囲(家族・友人・地域・学校・仕事先・等々)にも及んでいく

日蓮という人が、どのように考え、行動し、門下を励ましたか。その御振る舞い。国家観や、理想の国家像「世は羲農の世と成り国は唐虞の国と為らん」とは。治世産業への着眼点に至るまで。
それを日々の御書拝読にて確認して、自分の中に取り入れていく、自分の生活に実践として活かしていく。

・礼儀・礼節・人の振る舞い
「一代の肝心は法華経、法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり。不軽菩薩の人を敬ひしはいかなる事ぞ。教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞ひにて候けるぞ。穴賢穴賢。賢きを人と云ひ、はかなきを畜という」. 

・報恩という観点
仏教を学ぶ中で、忠義や孝養、そして師弟に対する報恩が大事だと感じる。

・依正不二の原理から
環境への配慮・自然環境との共存

・他者への配慮、病人への配慮

煩悩即菩提
・食欲のコントロール、物欲のコントロール

目的のために他者を陥れるなかれ
他者を殺すなかれ、
窃盗するなかれ、
食べ物を粗末にすることなかれ
エゴを戒める

これらは仏法以外でも様々な教え(宗教・道徳)で説かれているが、三世の因果律でなければ説得力を持たない。現世で、現世でなければ来世以降で、必ず自分に戻ってくるのだ。来世での因果を考慮しなければ真の抑制効果にはならない。「其の名は賢なりといえども実に因果を弁ざる事嬰児のごとし、彼を船として生死の大海をわたるべしや彼を橋として六道の巷こゑがたし」(開目抄)

この素晴らしい仏法哲学を周囲の人にも自然に語り、薦める。

これが日蓮仏法の信仰の主目的である。
組織はその為の補助の役割なのだ。ところが現実は組織の打ち出しを絶対視し、最優先し、その遂行に日々を費やして人生を浪費してしまう。そのしわ寄せが家族に向かい、負担をかけてしまうケースも多々ある。本末転倒も甚だしい。これでは『組織おすがり信仰』である。
ましてや、同じ日蓮仏法を信奉する人達が、組織が違うからといって互いに非難し合う姿はどれほど愚かな事か。『組織の論理』に凝り固まって本質が見えなくなっているのである。大聖人が御覧になれば、どれほど悲しまれるか。


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