よく「創価の会員は功徳を求め、現世利益だけを追い求めている。それは信仰ではない」と高尚ぶって批判してる輩がいる。

人間として生まれた限り、願望・目標を持ち現世利益を願うのは当然である。何も間違っていない。

人間に悩みがあるから信仰をする。そもそも人間の悩み・苦しみ・病苦・死への恐れから信仰が誕生したのである。それが人間として本然の姿ではないか。

日蓮仏法は『現世安穏・後生善処』(法華経・薬草喩品)である。「願くは『現世安穏・後生善処』の妙法を持つのみこそ只今生の名聞・後世の弄引なるべけれ須く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき」(持妙法華問答抄)と仰せの通りである。

現世において功徳を求め、現世安穏を願う。自身の幸福と周囲の人達の幸福を願う。そして後生の為に幸福の因を積み来世以降に備える。これが信仰者として自然な姿であろう。

その自然な信仰心を批判して『高尚な知識』だけを求めてる輩に何の価値があろうか。


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