無量義経が中国撰述で偽経であり、これは現代に於いて仏教学の定説だと言ってる連中がいる。その学者の主張を時間をかけて調査して検討してみた。その結果、明らかになったことは、学者の主張内容は一言でいえば『単なる難癖』レベルだったのである。経文の文体の言葉尻を捉えて難癖をつけてるに過ぎないのだ。

中国撰述説(主に萩原博士・横超博士)の主張を大雑把にまとめると以下のようになる
・用語文体に中国臭がする
・翻注が一様ではない。先に「阿若橋如若」とした人物を、
  次には「阿若拘隣」と訳している。
・翻訳者の曇摩伽陀耶舎の素性がわからない、この経だけしか名前が出てこない、
  だから胡散臭い
・慧表が70歳近くの高齢なのに嶺南に赴いているのは奇異に思われる
・四善根のうち、忍法だけが記載されておらず、
  また煖法頂法・世第一法を三法と名付けているのがおかしい。
・訳語に二様あること、つまり十地と十住とを混同されているのがおかしい
・四諦・十二因縁・六波羅蜜の修行を、三時に整然と配当されているからおかしい
  またその略を『諦縁度』と超短縮してるのがおかしい
・法華経や涅槃経と類似の語法が随所にみられるからおかしい

このように細かい箇所の揚げ足を取ったものを集めて「中国撰述だ!偽経だ!」と主張していて、もはや単なる難癖レベルという他ないのである。

明らかな『中国で撰述された証拠』があるのなら、まだわかるが、こんな難癖をつけて一つの経典を偽物と決めつける所業は極めて愚かと言う他ない。

そして、こんな陳腐な説を信じて「学者がいうから」「定説になっているから」「創価大学の菅野博史氏も認めてるから」と、自分自身で経典を精読して内容の批評もせずに鬼の首を取ったかのように法華経最勝を否定するコバンザメのような連中がいかに多い事か。仏法を学ぶものとして恥ずかしい姿であろう。

ちなみに、創価の方々には『永遠の師匠』戸田会長の『獄中の悟達』が無量義経から得られたものであることを思い出して欲しい。もしも無量義経が偽経典ならば、戸田会長は偽経から悟ったことになるのだ。このような学者の中国撰述説に何の反論もせずに黙っているだけでは情けない。

これら全てを一つの記事で書くと長文になる為に、以後は各記事でそれぞれの論点を整理してみたい。数が非常に多いので少しずつ紹介していきたい。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村