以前からずっと考察し続けていたのだが、大聖人の高弟である六老僧で日郎師の存在が気になっていた。大聖人御在世の時には、大聖人が佐渡流罪の時に、日郎師も難にあって牢獄に放り込まれたが退転せずに耐え抜いたほど信心強盛であった。佐渡の大聖人から土牢御書という叱咤激励の御書を頂いている。土牢赦免後は、指導を求めに何度も佐渡の大聖人の元まで足を運んでいる。求道心も高かった。

大聖人の滅後には、あの兄弟抄で有名な池上宗仲も与力しているのである。それほど信頼を寄せていたのだろう。弟子の育成にも心血を注いだ。日郎師としての強い使命感があったのだろう。

これほどの信心強盛な弟子が、何故日興上人と団結できなかったのか。不思議である。

日興門流では(創価も含めて)、日郎師に関しては「大聖人の御心がわからなかった」の一言でバッサリ切り捨てているが、果たしてそれだけで良いのだろうか。

池上兄弟に関しては、兄弟抄が残っているので、我々の御書研鑽に欠かせない題材となっている。だが日郎師宛ての御書は殆ど残って無い。手紙としてよりも直接指導を受けた分が遥かに多いのだろう。それを文字にすると膨大な量になった事だろうが。残念ながら我々には御書として学ぶことは出来ない。

当然ながら、法門に関しては日興上人が厳格であり正しいと確信しているが、かといって弟子達が散り散りになってしまったのは残念である。袂を分かつ前に弟子達が一致団結する道は無かったのだろうか。この辺の資料が少ないので謎が多いが。

今後も考察を続けていきたい。


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