創価学会と日蓮仏法と活動

雅彦と申します。元バリ活の自分が創価学会や宗門、日蓮仏法について思う事を書いていきます。長年、創価学会が唯一正しいと信じ込んできました。非活になり先入観なしに考えられるようになりました。信仰とは何か?組織とは何か?どう関わるべきか?全てを総括したいと思います。書きたいテーマが山ほどありますので、随時更新していく予定です。気になる記事があれば、お気軽にコメントして下さい、答えられる範囲で回答致します。

2019年02月

以前の記事で『私の人間学』の紹介をしたが、その中の三国志の章にて、諸葛孔明の北伐に関して、このように論評されている。

孔明は兵力、兵站の充実に努め、北伐への準備を進める。しかし、蜀の多くの重臣達は、現実の安定に甘んじ戦を嫌っていた。

(中略)

なぜ孔明が、この時期、多大な犠牲を覚悟の上で、魏との戦を決意したのか。それは、魏がますます力を増し、蜀を狙っていることを、既に見抜いていたからである。従って、自分の存命中に、先手を打っておかなければ、必ず魏は蜀を打ち滅ぼすに違いないと先を見通していたのである。いつの時代でも、責任深き指導者にしかわからない胸中の苦悩があるが、「出師の表」には、時代の先を知悉できるがゆえの孔明の悲痛なまでの背水の覚悟が行間に脈打っている。

(中略)

折しも蜀の国は、孔明の賢明な内政の実を得て安定に向かっていたが、その過程のなかで、重臣達の心はいつしか保守化し、次第にみずみずしい前進の息吹を失い、堕落と衰退の翳りが見え始めた時であった。

「出師の表」は、こうした蜀に巣くう安逸と惰性を打ち破り、創業の大理想に立ち返り、宮中府一体となって士風を一変し、国の危機を救わんとの孔明の強靭な一念から発した建白の書であった。

このように、
・孔明=善、心ある忠臣、深謀遠慮の将
・北伐=国を救う正義の戦
・それに反対する臣下達=悪、保身、堕落、衰退の象徴
という非常にわかりやすい構図に落とし込んで論評されている。

まるで、戦いをしない事は国の退潮につながり、戦に賛成しない重臣たちは保身の塊であり、安逸と惰性を貪る悪臣であると決めつけているのだ。

私は昔から池田思想を信奉していた為、この論評をそのまま鵜呑みにしていた。だが、最近になって三国志を深く検証するに従い、違和感を覚えるようになった。


類似した構図

この切り口を鑑みるに、創価の戦いを想起させる。創価も常に『正義の戦い』を強調してきた。「勝って勝って、勝ちまくれ!勝利、勝利の創価学会たれ!」と。

そして組織の打ち出し通りに戦わない人や、選挙支援活動や各種の購買ノルマに対して否定的な人、反対意見を挙げる人に対して「浅薄な連中が反対意見を唱えているが、池田先生や執行部のような責任ある指導者しかわからない構想がある。安易に批判すれば良いものではない」と同じように否定してきた。


北伐は本当に正しかったのか

そもそも大前提として、孔明の北伐自体を検証する必要がある。本当に北伐が正しかったのだろうか。

まず、西蜀という地域は元々、劉璋が治める州であった。その治世下では(他州に比べて)比較的に平和であった。それを劉備が軍事侵攻で奪い取ったのである。

『三国志演義』では、劉璋が、政治を投げ出し、民を顧みず安逸を貪るダメ君主のように描かれている。それを徳ある名君・劉備が悪政を立て直す為に止むを得ず侵略するという脚色がなされている。しかし『正史』では、劉璋は民想いの善良な君主であることが示唆されている。

劉備の統治下では、荊州出身の群臣や将軍達が重要なポジションを占めた。元々の西蜀の群臣達は従うしかなかった。

そもそも西蜀の民は戦争を望んでいなかった、西蜀の群臣たちも望んでいなかった。しかし劉備らの唱える『漢室再興』の美名の元に数々の大戦に従うしかなかった。反対すれば処刑されたり左遷されるだけである。なお劉備の皇帝即位に反対した者は(他のことにかこつけて)悉く処刑・左遷された。

諸葛孔明の時代になり、北伐に反対したものも同じく排除された。三国志演義によって、北伐=正義の戦に仕立てあげられているのだ。しかし、元々の西蜀の民から見れば、この北伐は今まで劉璋が統治していた時代に比べて、重い税負担、北伐の最前線への兵役、と苦難の連続である。

池田名誉会長には、この蜀の民の視点に立った発想が抜けていると言わざるを得ない。『正義の戦』の為ならば、それが国の将来を救う為なのだから、民の犠牲は止むを得ないという考えなのだろう。長年にわたって「聖戦の美名の元に民衆が犠牲になっては決してならない」「一人の民衆の為に」と指導してきた人とは思えない。

結果的に、この北伐は失敗に終わり、数次に及ぶ北伐の結果、膨大な国費が消耗され、蜀の国力が大きく疲弊してしまったことは覆せない事実である。諸葛亮亡き後も、姜維が北伐路線を引き継ぐことになるが同じく成果は上がらず、ここに国力の大半を費やしてしまった為、やがて蜀の国は滅亡してしまう。これを裏付けるように、正史『三国志』の撰者・陳寿は「姜維は文武ともに優れていたが、多年に亘り国力を無視した北伐を敢行し、蜀の衰亡を早めた。小国(蜀)に於いて民の生活を乱して良いのだろうか?」という厳しい批評を下している。

そもそも、蜀の国を守る為ならば、北伐の必要は無かった。嶮峻な山脈という天然の要害に守られており、防衛に徹すれば、いくら魏が強大であっても易々と攻略されるようなことは有り得ない。危険なのは蜀の東側、つまり荊州側からの侵攻であるが、それは呉との同盟を盤石にし続ければ問題は無い。つまり北伐ではなく呉との同盟維持に努め、漢中での防衛強化に注力すべきであった。




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池田名誉会長の著書『私の人間学』。エッセイ集とも随筆集というべき本である。三国志や武田信玄・トルストイの『戦争や平和』・ゲーテの『ファウスト』・平家物語などをテーマにして、指導者論や幸福論・生命論・文化論・師弟論などが幅広く述べられている。

昔から私の愛読書だった。

池田名誉会長の著作は読んでいて非常にわかりやすい。切れ味が非常に鋭い。善と悪をハッキリと区別しわかりやすい構図に落とし込む。つまり、一方を善と認定すれば他方を悪とする。ある失敗の結果に対して必ず教訓的な原因を明言している。

私は、バリ活の頃は池田思想を信奉していた。故にこの本の見解を100%取り入れていた。だが、最近読み直してみると別の観点からの考察もあるのではないかと思うようになった。

特に武田信玄の跡継ぎである武田勝頼に対する見解と、三国志の諸葛孔明の北伐への見解である。
(長くなりそうなので別記事にてまとめる予定)



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