創価学会と日蓮仏法と活動

雅彦と申します。元バリ活の自分が創価学会や宗門、日蓮仏法について思う事を書いていきます。長年、創価学会が唯一正しいと信じ込んできました。非活になり先入観なしに考えられるようになりました。信仰とは何か?組織とは何か?どう関わるべきか?全てを総括したいと思います。書きたいテーマが山ほどありますので、随時更新していく予定です。気になる記事があれば、お気軽にコメントして下さい、答えられる範囲で回答致します。

2018年07月

以前に取り上げた『生かされるまま生きる』のイプシロン氏だが

日蓮仏法への純真な信を失い、どんどん狂った方向へ堕ちていってしまっている。最近は以下のような日蓮批判を執拗に繰り返している。
法華経こそ最第一の経典である。仏教は「平等」こそ真理と説いてはいるが、法華経が最も優れていると説いてよいなどといった「法華の慢」だけは許されるとかなんとかいって、他を見下す「見解」をしてる時点で、日蓮の見解など信用が置けないということだ。

日蓮仏法は三世永遠の因果の法則を完全に説き明かしたとか、昔は愚かにも信じていたが、今では迷妄であったと恥ずかしいかぎりだ。

日蓮の行動と彼のしたためた本尊の相貌云々を調べれば調べるほど、日蓮の支離滅裂さ、攻撃的であり、武力を肯定し、民衆仏法などと決して呼べず、平和主義でも何でもないことが見えてくるのだ。もはや、わたしなど、勤行・唱題もしてませんけどね。曼陀羅も必要ないと月々日々に思うようになっているくらいだ。

ゆえに、今更、支離滅裂な日蓮の曼陀羅本尊など、わたしには必要ないと結論したわけだ。
彼は、仏法による三世の法則を信じていない。或いはキリスト神による死後の世界を信じていない。初期仏教の『空の概念』を、単なる観察に利用しているだけである。もはや、これは立派な無神論者であろう。
やれ御本仏だの、前世だの来世だの宇宙生命論だの、宇宙意識だの。馬鹿なんじゃないかと。 生命なんか存在しません。あるのは生命現象だけ。ただの事象。だから魂もないんですよ。あるのは情報とエネルギーと物質が併存する「場」だけなの。その場のことを魂と呼ぶのは人の勝手ですがね。でも本当のところは、場に一時的に生命現象が現れてるだけのこと。

自分自身を信仰の対象に

挙句の果てに、とうとうこんな事まで言い出した。
「信じることもまた執着。自分の信仰すら棄て去れ」(スッタニパータ)
自分の信仰を持つのではなく、自分を信仰の対象にする。
つまり、自分を信じることが仏教の極意なわけだ。
スッタニパータの一文を、自分勝手に切分解釈して、とうとう、自分の信仰を持つのではなく『自分自身を信仰の対象』にするとまで言い出したのだ。揺れ動き移ろい易い己心を本尊とするとは。『我見解釈』もここまでくると恐ろしくなる。

日蓮大聖人は「『心の師とはなるとも心を師とせざれ』とは、六波羅蜜経の文なり」と
厳しく戒めておられる。

もはや彼の主張は、ドストエフスキー著『悪霊』に登場するキリーロフと酷似しているではないか。キリーロフは無神論の究極の行きつく先、いわゆる『人神論』を展開した。「苦痛と恐怖に打ち克つ者が、自ら神になる 。そして、あの神はいなくなる」と。そう宣言したキリーロフの、その悲惨な結末は誰もが知る所だが。

彼はニーチェ哲学に心酔してるらしいが、晩年のニーチェのように発狂するような事にならねば良いが。

イプシロン氏を狂わせたもの

日蓮仏法を信仰の根本にしていた頃のイプシロン氏は純粋であり魅力があった。数年前に、創価活動家の『ちよ氏』や『ラン氏』らと同盟題目を上げて仲良く交流していた頃の『純粋な彼』は何処に行ったのだろうか。池田名誉会長の『青春対話』を目をキラキラさせながら愛読していた彼は何処に行ったのだろうか。

一体、何がイプシロン氏をここまで狂った思考に陥らせたのだろうか。蓮華は泥の中でも美しい花を咲かせるが、彼は現実のドロドロとした事に耐えられずに花を咲かせる前に萎れてしまったのだろうか。傷つきやすい心がポキっと折れてしまったのだろうか。




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御義口伝の中で最も項目が多いのは、寿量品(27個)でもなく、方便品(8個)でもない。常不軽品(30個)である。不軽品はそれほど長い品ではない。方便品の方が遥かに長い。にもかかわらず大事の項目数は圧倒的に多い。ここに重大な意義があるのではないか。そして御義口伝の真実性も感じる。

大聖人は不軽菩薩品を特に重要視されていた。諸御書を見れば明らかである。
「日蓮は是れ法華経の行者なり不軽の跡を紹継するの故に軽毀する人は頭七分に破・信ずる者は福を安明に積まん」(聖人知三世事)

「法華経は三世の説法の儀式なり、過去の不軽品は今の勧持品今の勧持品は過去の不軽品なり、今の勧持品は未来は不軽品為る可し」(寺泊御書)

「今も亦是くの如し、彼は像法・此れは濁悪の末法・彼は初随喜の行者・此れは名字の凡夫・彼は二十四字の下種・此れは唯五字なり、得道の時節異なりと雖も成仏の所詮は全体是れ同じかるべし。」(教行証御書)と、得道の時節は像法と末法と異なるが、下種益での成仏の原理に於いては同じであると仰せである。

弟子達の前でも、佐渡でも身延でも、あらゆる所で不軽菩薩の重要性を講義されたのだろう。その御心を日興上人は受け継いで後にまとめられたのだろう。だからこそ御義口伝で最も多い項目になったのではなかろうか。


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想学談林「運ちゃん」氏だが、最近の記事
人の死と死後の事について、また輪廻転生という事について、御書で語る事が出来ますか?

日蓮正宗に伝わる教義では、人間の死有の事や死後の事、そして輪廻転生の事については明確に語り切れないという事を顕しているではありませんか?
と決めつけているが、本当にそうなのだろうか。御書を幾つか拝読してみたい。

「乞い願わくは悲母我が子を恋しく思食し給いなば南無妙法蓮華経と唱えさせ給いて・故南条殿・故五郎殿と一所に生れんと願はせ給へ、一つ種は一つ種・別の種は別の種・同じ妙法蓮華経の種を心に・はらませ給いなば・同じ妙法蓮華経の国へ生れさせ給うべし」(上野殿母御前御返事)

「此の経を持つ人人は他人なれども同じ霊山へまいりあわせ給うなり、いかにいはんや故聖霊も殿も同じく法華経を信じさせ給へば・同じところに生れさせ給うべし」(上野殿御返事)

日蓮大聖人は、純粋な信心を貫き通した信徒に対し、次の世でも、親子一緒に法華経の国に生れると明確に仰せなのだ。このように枚挙に暇が無い。どうやら彼は、御書を中途半端に研鑽してしまっているようだ。

「僕の考えた日蓮像」ありきの思考

運ちゃん氏は、我見が強すぎる為に、『自分勝手な日蓮像』を作り上げ、御書を読んでいても「日蓮はこうあるべき」という固定観念から正しい解釈ができないのだ。「自分の都合の良い箇所だけ抜き取り、都合の悪い場所はスルーする」癖がついているから肝心な部分を見逃してしまうのである。

特に彼の悪癖は、法難や瑞相を完全にスルーする点である。大聖人が、自界叛逆難と他国侵逼難を的中させた事も、運ちゃん氏は「日蓮には広い人脈があり、諸国の事情が入ってきたから」という勝手な解釈を披露している。要するに彼は「己が理解できない現象」を完全否定しなければ気が済まないのだ。

こんな姿勢で日蓮仏法を研鑽しようとすること自体が残念である。

死後の生命に関心があるようだが、その答えを、チベット仏教だのNDE(臨死体験学)だのに求めても、却って様々な情報に混乱して迷うだけだろう。僅かの知識をこねくり回すだけの『観念の遊戯』に過ぎない。



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ジョージ・オーウェルの名作『動物農場』は世界的に有名である。旧ソ連共産党の腐敗を風刺した作品であることは周知の事実だが。今回、久しぶりに読み返してみた。すると、現代に於ける宗教組織にも通じるものがあると感じた。深く印象に残った箇所をピックアップしてみたい。

動物達は奴隷のように働いた。しかし働きながら彼らは幸福だった。自分たちのやっている全ての事は自分たち自身と、後から生まれてくる子孫たちの為であって、決して、のらくらしながら他人の者を盗む人間ども一味の為では無いことが充分にわかっていたので、彼らは、どのような労苦も犠牲も惜しまなかった。
(打ち出しノルマをこなすのは本当に厳しい、だけど「福運を積む」為に、身を粉にして組織活動に勤しむ。これが『幸福の軌道』なのだと信じさせられている)
「わしがもっと働けばいいのだ」「ナポレオンはいつも正しい」というこの二つの合言葉が、彼にとっては、全ての難問題に対する充分な回答であるように思われたのだった。彼は雄鶏と打ち合わせて、朝30分ではなく45分早く起こして貰うことにした。そして余暇(といっても、今では大した余暇も無くなってしまったが)にはいつも一人で石切り場に行き、割れた石を一荷分集めて誰にも手伝って貰わないで風車建設用地まで引っ張って行くのだった。
(地元組織から活動家がどんどん減っている。新聞配達などの人員がいない。自分が更なる負担を引き受けるしかない。これが『自分の使命』なのだと言い聞かせる。)
スクィーラー(豚の宣伝係)は演説する時には、いつも頬からポロポロ涙を流しながら、ナポレオンの英知と心の優しさと、あらゆる所の全ての動物達、とりわけ、他の農場で、いまだに無知と隷属の状態に甘んじている不幸な動物達に寄せている深い愛情について語るのだった。見事に出来上がったり、幸運に見舞われたりする事は、何でも全てナポレオンのおかげにするのが通例となった。
(ありとあらゆる会合で、幹部達が『偶像』を、これでもかとばかり賛美する。「先生は全てお見通しなのです!」「先生!ありがとうございます!」と賛美する甲高い声のトーンが特徴的だ)
農場は、今や繁栄の一途を辿り、組織も改善された。その敷地も、ビルキントン氏から買い入れた牧草地二つ分だけ広くさえなっていた。風車も、とうとう首尾よく完成し、農場には、専用の脱穀機と干し草用のエレベーターが備え付けられた。色々な新しい建物が増築された。
(本部組織も大きくなって、立派な建物が次々と増築されていった)
どういうわけか、動物たち自身は、前と比べてちっとも豊かにならないのに―――といっても、勿論豚と犬とは別だが―――農場は前より豊かになっているようだった。それというのも、一つには、豚や犬の数が非常に多いせいかもしれなかった。なにも、これらの動物達が彼らなりの働きをしなかった、というのではない。スクィーラー(豚の宣伝係)が飽きもせずに説明したところによれば、「農場を監督し、組織することは、どこまでいってもキリのない仕事だった。こうした仕事の大部分は、無知な他の動物達には、とてもわかりっこないような種類のものである。例えば、我々豚達は毎日『とじ込み文書』『報告書』『議事録』『覚え書き』などというまるで謎のような難しいものと取り組んで、大変な労力を払わなければならないのである。」とスクィーラーはみんなに説明した。
(本部の偉い人達は、先生のお膝元で、一般会員達とは違う特別な役目を負っている。だから特別待遇でも良いのだ。一般会員は彼らに『おまかせ』する。)
しかし、そうは言っても、豚も犬も、自分達が働いて食物の一かけらさえ生産するわけでは無かった。しかも、彼らの数は大変多く、食欲はいつも旺盛だった。
(中央の宗教貴族達を養うのは大変である)
他の動物達はどうか、といえば、彼らの生活は、彼らの知る限りでは、昔と変わらなかった。たいていは腹が空いており、藁の上で眠り、池の水を飲み、畑で働いた。冬は寒さに苦しみ、夏はハエに悩まされた。

昔と比べて生活事情が良くなっているのか否か、はっきりと見極めようとしたが、思い出せなかった。現在の生活と比べてみる基準が全くなかったし、いつも決まって「全てが次第に良くなっている事をハッキリ示している」スクィーラーの数字の表の他には、根拠にする資料も何一つないのだった。動物達にとって、これは解けない難問だった。ともかく今はそんなことをじっくり考えているような暇は殆ど無かった。
(出てくる数字は大本営発表の数字だけ。客観評価できる資料は殆ど無し。次から次へと下りてくる打ち出し目標によって、一般会員には考える暇を与えない。こうやって本部執行部に対する疑問を起こさせない)


この小説は、現代に於いても通じる、不朽の名作といえるだろう。ジブリアニメで有名な宮崎駿監督は「現代は、あの農場よりはソフィスティケイトされているような気もするけど、基本構造は、全然変わっていない。豚じゃなくて別のものに入れ替わっているだけ」と非常に鋭い指摘をされている。現代に於ける宗教組織でも酷似した構図ではないだろうか。


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仏法はアナッタン(パーリ語・anattā)、アナートマン(梵語・अनात्मन・anātman)を説いたとされる。中国に伝来したとき、これを無我すなわち我が無いと翻訳された。このため仏法は自己を否定するものという誤解が生じてしまった。ところが原始仏典には「自己を求めよ」「自己を護れ」「自己を愛せよ」などと積極的に「自己の実現」「自己の完成」を説いていて『無我』という表現は見当たらない。

「我」も「自己」もアッタン(パーリ語・attan)又はアートマン(梵語・आत्मन्・Ātman)と言う。これに否定を意味する接頭辞anを付与したのがアナッタン・アナートマンになる。つまり『無我』ではなく『非我』(何かが我なのではない)と訳されるべきなのだ。何か実体的なものを自己として想定し、それに執着することを戒めた言葉なのだ。

何かに執着し、何かにとらわれた自己にではなく、『法(梵語・धर्म・dhárma)に則って生きる自己』に目覚めさせようとしたのが仏法であった。


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以前の記事で査問などの証拠が出てきていないと指摘したが、ついに公に世に出てきた。埼玉の(元)創価会員の篠澤協司氏のホームページ『創価学会埼玉県審査会及び創価学会監正審査会との文書往復の全記録』を参照されたい。ここに詳しい経緯と、創価組織から送付された書類、篠澤氏から提出した書類が全て載っている。

なお、篠澤氏はTwitterでハメル准将というハンドルネームで活動されている。こちらでも詳しい経緯が載っている。

経緯を簡単に辿ると、池田名誉会長の平和思想をベースに検討した結果、安保法案は間違っているとの結論に達したこと。安保法案に反対の意向を創価組織に明言したこと。以後、公明党の支援を一切しないことを明言したこと。その影響で、正役職の地区部長の役職を解任されたこと。某三人組と行動を連携したこと。ネット上で創価執行部を批判したこと。ついに副役職も解任されたこと。反乱分子(『反創価学会』)として扱われたこと。地元組織から何度も事情聴取されたこと。自主退会を暗に促されたがキッパリと拒否したこと。これらにより最終的には除名処分を受けたとのことである。

思考停止をやめた結果

最後の感想で篠澤氏はこう述懐している「ことの発端は、思考停止をやめただけです。正しい基準のもと、自分の頭で考え始めただけでした。」これは極めて重要だろう。かつては創価組織からの上意下達の打ち出しをこなすだけの『ものを考えない人』であった。そこから覚醒した。創価中央組織は目覚めた人が多くなれば困る。容易に会員をコントロールできなくなるからだ。故に、そのような人の発言・行動に圧力をかけ除こうとする。

独善的で閉鎖的な組織

創価組織は、いつも『対話が大事』『対話の団体』だと対話を強調しているが、組織の中で、異なる意見を言う人を片っ端から査問し排除するようでは「言ってる事とやってる事が違う」ではないか。これでは独善的で閉鎖的な組織運営だという他ない。

同志(同じ組織で同じ教義の者)の意見すら徹底排除するような組織が、どうやって外部の人達・考え方や信奉する宗教の違う人達と対話が出来るというのか。「一丈のほりを・こへぬもの 十丈・二十丈のほりを・こふべきか」と仰せの通りである。協調など出来るはずもない。これのどこが『開かれた組織』なのだろうか。

組織の打ち出しに疑問を持ち、反対意見を挙げる人を片っ端から反乱分子(『反創価学会』)とみなし排除していく。このような実態を見ると、かつてのキリスト教カトリックの異端審問を想起するのは私だけだろうか。

本来ならば、問題意識をもって、堂々と改善提案をする人達こそ大切にすべきではないのか。そのような人達を排除していけば、従順に従うだけのイエスマンしか残らないではないか。そんな画一的な組織に何の魅力があるのだろう。



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『気軽に語ろう』渡辺氏だが、この輩は、思い込みが激しくどうしようもない愚か者である。何の根拠もなく日興遺誡置文を偽作扱いしているのだ。

決めつけの記事
「私はこの二十六箇条の置文が日興の著作だとは考えていません。基本的にこれらは北山本門寺等の日興門流に伝わってきた寺内文書である」
と言い切っているが、

「日興遺誡置文が日興上人の著述では無い」と主張したいのならば、
では「いつ(正確な日付)」・「誰が」・「何のため」に作ったのか、
その証明をしなければならない。

(*これは彼自身が日頃から主張している『必要条件』なのだ
「もしそうだとしたら、一体、誰が何の目的で相伝書と言われるような重要な文書に加筆」したのだろうか?
と『誰が』『何の目的で』と、血気盛んに追及しているではないか)

だが、この輩は一切、何も証明できていない。
ただ自分が思い込んでいるだけなのである。
客観的に証明できるものを一切提示していないのだ。

ロクに調べもせず、証拠も出せず、ただ思い込みの妄想の記事を垂れ流すだけ、
もはや小学生の作文レベルの文章と言う他ない。恥ずかしい輩である。
これが通用するなら、文献学者など必要なくなる。

大聖人が源信を一定評価されたことの考察をしてみる。
源信とは平安中期の天台宗の僧であり、恵心僧都と尊称で呼ばれることもある。さて、この源信は、有名な『往生要集』を著したことで知られる。あの法然が浄土門に帰入する契機となったのが、この往生要集であるとされる。

大聖人は守護国家論の中で「源信僧都は永観二年甲申の冬十一月往生要集を造り寛弘二年丙午の冬十月の比・一乗要決を作る其の中間二十余年なり権を先にし実を後にする」と仰せである。更に「慧心の意は往生要集を造つて末代の愚機を調えて法華経に入れんが為なり」と、源信の本意は、往生要集で末代の愚かな機根を整えて、『一乗要決』にて法華経の正法に導き入れようとした為と仰せである。

ちなみに一乗要決には「全く自宗他宗の偏党を捨て、専ら権智実智の深奥を探るに、遂に一乗は真実の理、五乗は方便の説なるを得るなり。既に今生の蒙を開く、何ぞ夕死の恨みを遺さんや」「大乗は二乗、三乗あることなし。二乗・三乗は一乗に入らしめんとなり。一乗は即ち第一義乗なり、誓願一仏乗なり」とあり、法華経の一乗思想が強調されている。ここに慧心の本意が何であったかを顕しており、自宗・他宗の偏った考えを捨てたならば、浄土の法門を捨てるべきだという結論である。そして一仏乗が真実の理と心得る時、専ら法華経に依るのが当然との事である。

後に、源信を厳しく糾弾しておられる箇所もある。「日蓮は真言・禅宗・浄土等の元祖を三虫となづく、又天台宗の慈覚・安然・慧心等は法華経・伝教大師の師子の身の中の三虫なり。」(撰時抄)。身は天台宗の権少僧都にありながら、43歳で往生要集3巻を作り、念仏に身を売った。念仏を薦める往生要集が、念仏無間の道へ僧侶や民衆を追いやった罪は大きい。

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