創価学会と日蓮仏法と活動

雅彦と申します。元バリ活の自分が創価学会や宗門、日蓮仏法について思う事を書いていきます。長年、創価学会が唯一正しいと信じ込んできました。非活になり先入観なしに考えられるようになりました。信仰とは何か?組織とは何か?どう関わるべきか?全てを総括したいと思います。書きたいテーマが山ほどありますので、随時更新していく予定です。気になる記事があれば、お気軽にコメントして下さい、答えられる範囲で回答致します。

2017年08月

創価は『桜梅桃李の譬え』を持ち出して、会員の個性を大切にして、何でも意見が言えて自由闊達な議論が出来て、会員が自発的に動く組織のように説明しているが、果たして実際はどうなのだろうか。

創価の指導でよくみかける光景なのだが、御書の「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ」(高橋殿御返事)を引用して、「今いる場所で勝て、あなたの今いる場所から広宣流布は拡大していく」と自分の地域で精一杯頑張るように指導する。それを聞いた末端会員の方々は、自分の担当地域で結果を出そうと奮起するのだ。組織の打ち出し目標を遵守しようと粉骨砕身する。何とか結果を出そうと必死に祈り、知恵を使って工夫する。自分が主体者としての自覚と責任を持って行動しているのだ。

しかしながら、それ以上の範囲となると、県や本部組織の事などは完全に組織の上部におまかせしているのである。「私は自分の地域の会員さんを大事にする事が使命です。本部のことは池田先生に近い人達を信じている」「池田先生に近い直系の弟子の人達なのだから間違いない」殆どの末端会員がこの思考なのである。

一人一人は純粋で気のいい人達なのだが、この状態が組織化されると、本部への監視をしない、本部や上部組織への疑問も持たない、政治の監視も一切しない、『集票マシーン』となり選挙活動した後は公明に全ておまかせ、ありとあらゆる事が完全に上部組織・中央組織におまかせ状態になるのだ。自分達の活動内容が、信奉する理念に沿ったものなのか否かの検証を自分達で行わない。そうなれば打ち出しの行動を決めるのも全て本部主導の上意下達方式になる。これでは『桜梅桃李』の活動など期待できそうもない。

創価と言う組織は、末端会員が幹部に忌憚なく意見できて、それがちゃんと反映される組織ではない。実態は上意下達の活動方式なのだ。主要な活動内容の殆どが信濃町本部や上部組織から打ち出される方式である。強力な中央集権体制であり官僚的な組織なのだ。

(ただし、私は官僚組織的な運営が全て悪いと言うつもりは無い。歴史的に見れば、そのような組織形態が最適な時期もあっただろう。ただし現代においては疑問である)


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某三人組と支持する方々、宿坊の掲示板に集まる人達など、いわゆる「池田絶対主義者」と呼ばれる人達なのだが、彼らは「現執行部の運営実態は池田先生の意に反していて間違った方向に進んでいる。それに気付いて声を上げる人達を排除している」だの、「処分された」だの、「査問された」だの、「役職解任された」だの、「除名された・強制退会させられた」だの、いかに現執行部と幹部連中が排他的な姿勢かを訴えているのだが、

しかしながら、それらの証拠が何一つ出てこないのが不思議である。それだけ多くの被害の実体験があるのならば、誰か一人ぐらい、事の経緯を録音や録画した証拠データが出てきても良さそうなのに、今まで誰一人として信用に足る証拠が出てきてないのである。これでは、彼らが主張している内容が本当だとしても、一般会員には信じて貰えないだろう。誰の目にも明らかな証拠が無いと効果が無い。

その証拠を満天下に知らしめて、一般会員がその実態を知ったときこそ、今まで組織に盲従していた人達が目覚めるのだろう。その為には、まずは確実な証拠を固めることから始めないとならない。その証拠の積み重ねが大きな説得力になる。

それまでの間は、創価組織と会員の人達からみれば、彼らは単なる「先生が精魂込めて作り上げた広布の組織を壊そうとする内部退転者」という扱いである。いくら池田名誉会長の過去の発言を根拠に自分たちの正当性を主張しても聞き入れて貰えないだろう。


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大石寺に安置されている大御本尊。その大御本尊の位置付けに対して違和感が昔からあった。一人の日蓮仏法の信仰者として、ありのままに感じたことを述べてみる。

現在の宗門の教義を体系的に完成させたのは日寛師である。特に本門戒壇の御本尊に関する記述をピックアップしてみたい。
法華取要抄文段
「 広宣流布の時至れば、一閻浮提の山寺等、皆嫡々書写の本尊を安置す。その処は皆これ義理の戒壇なり。然りと雖も仍これ枝流にして、これ根源に非ず。正に本門戒壇の本尊所住の処、即ちこれ根源なり」
観心本尊抄文段
「故に弘安元年已後、究竟の極説なり。就中弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟の中の究竟、本懐の中の本懐なり。既に是れ三大秘法の随一なり、況や一閻浮提総体の本尊なる故なり。」

正直な感想を言えば、日寛師は大御本尊に余りにも過度な重み付けをしたのではないだろうか。大御本尊が全ての根源であるとし、他の御本尊は支流のような扱いをしている。例えるなら『マザー御本尊』的な役割を与えているのである。これには強い違和感を覚える。御書に一度も出てきてない『弘安2年の御本尊』に対してそこまでの過度な解釈は行き過ぎであろう。

本来、御本尊に差別などあってはならない。だが日寛師は大御本尊だけを特別扱いしている。これが日蓮大聖人の御意思に反することは明白である。

(なお私の大御本尊観は別記事に書いた通り。)

「大御本尊への信」が前提

この日寛師の教義を元に、現在の宗門は『分身散体の法義』にまで発展解釈させている。宗門側の人に言わせれば、大御本尊に信を取らなければ、いくら他の御本尊を拝んでも功徳が無いらしい。

大御本尊に法主を結び付ける

その大御本尊に『唯授一人の血脈相承』の法主を結びつけて絶対忠誠の構図ができあがっているのである。さらに『法魂』という用語まで造っているのだ。日応師以後は「代々の御法主上人に伝えられる血脈相承によって、 はじめて本門戒壇の大御本尊の法魂・極意が書写される」と教えているのである。

「信仰が戒壇の大御本尊から離れ、血脈相伝の教えから離れるならば、いかに各家庭の御本尊を拝んでも功徳は生じません。かえって罪障を積むことになる」と指導し、「正鏡たる本門戒壇の大御本尊と、唯授一人の御法主上人に信伏随従する信心にあることを、けっして踏み違えてはならない。」と指導する。

法主に絶対服従する「おすがり信仰」

このような指導を受ければ、純粋な信徒は幾度も総登山を行い、大御本尊を拝謁に行き、法主の有難い法話を聞きに行くのである。このような構図が信徒を縛り『おすがり信仰』になる要因であろう。

大聖人の仏法とは、こんな特定の場所に参詣し、法主に絶対服従しなければ成就できないようなものだったのだろうか。原点である御書を拝読すればするほど強い違和感を覚える。


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(思索メモ段階)
創価や宗門や顕正会の組織活動の現状を見ていると、どれも組織依存の『おすがり信仰』になりやすい傾向がある。だからこそ私は何度も記事にしてきたのだが。

しかし、それぞれの組織で確固たる信仰心を築き上げた人がいる。「グループ活動が楽しい」「池田先生の弟子として創価の活動に邁進して何の悔いもない」「次に生まれても池田先生の元に馳せ参じたい」ここまで言い切る人がいるのである。創価の組織で、このような体験ができ、生き生きとしてるのなら、きっと幸福なのだろう。そのような人は、今いる組織で誇りを持って信心を全うすれば良いと思う。それを否定する事は無いだろう。

組織に盲従する『おすがり信仰』になるのは人間として悲しいが、屹立した信仰心を打ち立てれるのなら、どの組織でも構わないと思うようになった。あくまで大切なのは人間であり、組織は補助に過ぎないのだから。

長年の活動で築き上げた人間関係、思想というものは簡単に捨てたり変更できるものでは無いのだろう。創価は創価思想で、宗門は宗門の思想で絶対に譲れないものがあるのだろう。ならば無理に否定しても逆効果になるのかもしれない。

ただし、各組織の矛盾点。活動内容や教義で明らかにおかしいと思われる所は指摘せざるを得ない。これは変わらないし、信徒の人達は自分の組織を客観視すべきだろう。仏道修行には『純粋な信仰心』と『客観視できる視野』この二つが必要なのだと感じる。


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大乗非仏説が定説になったかのように喧伝してる人達がいるが、そんなものは一学説に過ぎない。

そもそも釈迦の直筆など存在しないのだから、その意味では全てが「非仏説」なのである。そんな事を言い出すと初期仏典すら釈尊が説いたものかどうかの証明など不可能なのだ。その点では、スッタニパータや原始仏典も含めて、すべての仏典で釈尊の直説であると証明できるものは存在しない。

釈尊の何が尊敬され続けているのか

釈迦が原始仏教・いわゆる小乗の教えしか説かなかったならば、一体何のために釈迦は世に出たというのか。当時のバラモン教よりは優れているだろうが、大乗経のように極めて革命的な内容でも無いだろう。救われる対象も極めて限定的である。そんな人が説いた教えが長期の年月を経てもなお尊敬され続けるものだろうか。

仏教界には各時代に於いて『途轍もない巨人』が誕生している。龍樹・世親・天台・伝教・日蓮といった人達である。一人の人間があれだけ膨大な理論体系を残し偉大な仕事を成し遂げたのだ。しからば仏法の原点である釈尊という人も途轍もないスケールの人間だったと想像ができるだろう。革命的な説法をしたと考えるのが自然だろう。

口伝の偉大さ

現代人は、インドの口伝というものを軽視しすぎる傾向にある。インドでは古来より、宗教の聖典は口伝によって伝承し、文字として残さないという伝統があったのだ。インドでは何百年、或いはそれ以上の時間を経て醸成される口伝など普通である。例えば、中国の法顕という僧侶は、5世紀頃にインドに入ったが、仏典を専ら暗唱で伝えていた、と著書で記している。

別の観点より、口伝の偉大さを考察してみる。キルギスに伝わる民族叙事詩である『マナス』は、口承された数十万行にも及ぶ壮大な民族叙事詩である。古代インドの『マハーバーラタ』などよりもはるかに長い歴史を持つ。大海洋の如き口承叙事詩が口頭で、世代から世代へ、一つの時代から次の時代へと伝えられたのである。時には、サヤクバイ・カララーエフのように、膨大な何百万行にもわたるマナスを記憶している類まれなる詩人が現れている。

釈尊の説法を整理編纂するのは至難の業

第一回の仏典編纂で、長老部が理解できて整理しやすかった内容のみ編纂されたと考えるのが妥当である。理解できず整理できなかった難解な教えは次回以降の編纂に「宿題」として残された。その100年後の第二回の阿含部が中心の編纂と合わせて原始仏教と呼ばれているが、それでさえ説法の内容を口伝で整理するのに100年後まで待たねばならなかったことを考えると、釈尊の膨大で深い説法を簡単に整理編纂できるものではないことが窺える。いわんや大乗経典の難解な説法はさらに時間を要したであろう事は言うまでもない。

釈尊の弟子の中には、初期の仏典編纂に参加できず、地方で独自の活動を展開していた人も相当数いたようである。要するに、大乗は別のルートで口伝で醸成されたと考えられる。

小乗経も数百年を経て編纂されたものがある。つまり長期間の口伝である。

誰が説いたか証明が必須

大乗経を釈尊が説いていないのなら「では一体誰が説いた」と主張するのだろうか。あれだけの膨大な諸経典があり、互いに関連する内容も多いのに、「それぞれ別々の誰か(謎の人)が説いた」と主張するつもりなのだろうか。無理がありすぎるだろう。

要するに、学者連中が自分の理解できる事だけを主張したのが大乗非仏説の正体なのである。

「唯佛与佛」の難解な法門

大乗なかんづく法華経は「唯佛与佛」と書かれる通り、学者の頭では理解できない内容である。それだけ難解な法門を遥かな年月をかけて口伝で醸成されていったと考えるのが自然だろう。釈尊は核心部分を説いたと考えるのが妥当である。

安易で恥ずべき姿勢

そして、こんな陳腐な説を信じ切って「釈迦は大乗を説いていない」だの「定説だから」だのと主張する人達は軽率過ぎやしないか。せめて自分で大乗経典全てを網羅して、諸経典の内容の浅深の整理をしてから判断すべきだろう。それすらせずに「学者が言うから」「正しい教えなどない」という安易な姿勢は仏法を学ぶものとして恥ずかしい姿勢である。


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(メモ段階:段階的に整理)
バリ活だった人が非活になった結果、陥りやすい思想の変遷を考察してみた。創価アンチになる人達とは別ルートである)

バリ活に疲弊して非活へ転じる
組織に盲従してた頃の反省から徹底検証を始める

創価学会の歴史や歴代会長の調査

創価学会の活動の否定

宗門の歴史調査、

5老僧と日興の経緯を調べる

宗門の教義の否定

大乗非仏説を信じる
無量義経が偽経説を信じる

天台大師の五時八教説の否定
法華経最勝の否定

日蓮の否定、

大乗非仏説を信じる、「釈迦が説いたものでは無かったんだ」、「後の人々が創り出したものだったのだ。」「釈迦は教義は説かず、人間の生き方のみを説いた」と考えてるのだろう。

「正しい法など無い。」「宗教批判に意味は無い」と考えるに至る。

龍樹の空の概念に飛びつき中観思想へと転じる。

*私の着目ポイントは、大乗経が「信」を根本に置かれていることだろう。
彼らはこれを妄信につながる危険性が高いと思ったのだろう。
故に、存在や認識という概念を論理的に説明している龍樹等々に飛びついたのだろう。


(今後の予想)
チャンドラキールティ(月称)やツォンカパの帰謬論証派の思想に傾倒すると予想する。
行き着く先はチベット仏教哲学だろう。そのうち「入中論」など(日本語でも注釈書がある)を研鑽して紹介してくるのではないだろうか。


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現在の創価会員の活動への姿勢を、もう一度整理してみたい。

・1----現執行部に何の疑問もない。池田名誉会長の指導の通り創価執行部と組織は実践していると信じている。教義会則変更を是とする。或いは詳しい内容は知らない。いわゆる『バリ活』と呼ばれる人達。圧倒的なマジョリティである。

・2----現執行部が間違っていると主張する。池田名誉会長の意思に反して執行部が勝手に暴走していると主張する。教義会則変更に絶対反対を唱える。創価全体から見れば少数派である。

・3----いわゆる『ゆる活』と呼ばれる人達。現執行部や池田名誉会長にそれほど深い思い入れはないが、地元組織のグループ交流が楽しくて緩い活動を続けている。選挙活動や新聞推進などは殆どタッチしていない。

・4----いわゆる『非活』と呼ばれる人達。この人達も考え方が種々違ってくる。
  A・創価の組織自体に疑問があり非活になった人達。
    組織からハブられた(2)の人達も含まれる
  B・池田名誉会長や現執行部を疑問視し、原点である日蓮仏法に立ち返るべきと主張する人達。
  C・現執行部と池田名誉会長を否定し、日蓮仏法さえも否定する人達
    この人達は、完全なアンチになって「創価は詐欺だ!」と主張するタイプと、
    日蓮と法華経最勝すら否定するタイプに分類される
  D・親がバリ活などの理由で統監上所属はしているが、特に活動らしい活動はしていない人達。組織や指導者への関心は低い。アンチとは違う。単なる無関心というのが正確な所だろう。


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御書を丹念に拝読し、大聖人の足跡を辿って行き、熟慮を重ねて結論を出したところ、大聖人の出世の本懐は、やはり熱原の法難と弘安二年の御本尊を顕された事だと思う。ただし広義で言えば竜の口以降、御本尊を御図顕された事だと認識している。

以下は、その根拠である。

身延入山後

大聖人は、身延入山以降は弟子達の育成を主眼におかれていた。御自身は矢面に出ず弟子達の闘争を見守っておられた。

御自身の滅後

常に釈尊滅後のことを言われていた。「法華経は滅後、別しては末法の為に説かれた」と強調されている。つまり御自身の滅後の事も常に念頭に置いておられた、と考えるのが自然だろう。

法難を重視された

大聖人は法難を重視された。「法華経に書かれている通りの難を受ける者こそ、法華経の行者の証明である」との仰せを何度もされている。そして、門下達にも「法華経の為に命を捨てよ」と言われている。

法難こそ法華経の行者の証明であり、大聖人が最も重視された事である。熱原の法難は、弟子達が主体の布教闘争で起こった最大規模の法難である。弟子達が自ら引き起こした難だからこそ、特に重要視されたのは間違いない。

聖人御難事では、大聖人が仏説の通り大難を受けていること。門下達に、難を受けて脅されても師子王の如く恐れてはならないこと。我等は現在は仏法のために、この大難に値ってはいても、後生は仏になれるのであると仰せのこと。熱原法難の受難者(農民信徒)に対して厳父のような峻厳な指導をされていること。

弟子達が自ら起こした最大規模の大難。農民信徒が主体、つまり知識階級ではなく民衆そのもの。大聖人は、弟子達が法華経に書かれている通りの大難を引き起こしたことを見て『本物の法華経の行者』と喜ばれたのではないだろうか。そしてこの大難を乗り越えて欲しかったとお考えだったのだろう。

立宗宣言から幾星霜(余は27年)ここまでの成果をあげた。これぞ『出世の本懐』であると感じられたのではないだろうか。

大御本尊は一般的な相貌

と同時に、この難をきっかけにして、御自身の滅後の、未来のまだ見ぬ多くの門下達(民衆が主体)の為に、標準的な相貌の御本尊を御図顕されたと推察する。それが弘安二年の御本尊だったのではないか。

同じ御本尊といっても、各門下達に与えられた御本尊を見ると少しづつ相貌が違う点。座配も違う。これは門下お一人お一人に対して最もイメージしやすい(=仏界を湧現しやすい)ように配慮されたものと推察する。

しかし、まだ生まれていない未来の門下達(万年の外・未来までも)には『一般的な相貌』がベストと判断されたのではないだろうか。それが弘安二年の御本尊の相貌ではないかと推察する。

かつて創価と宗門は国立戒壇を唱えてきた。戸田会長の時代から『王仏冥合』『国立戒壇』を主張し、それは池田会長の時代になっても同様であった。ところが国会の池田会長の招致問題が起こってから一転して否定の見解に変更した。宗門も同様に見解を変更した。顕正会だけが未だに国立戒壇を主張し続けているのである。この点に限れば、状況が変われば主張をコロコロ変える創価よりも、むしろ顕正会の方が一貫していて筋が通ってるように見える。

いずれも日蓮仏法を根本とするのは同様である。だが、現実社会の中で実践の活動が違ってくる。それぞれが別々の解釈をして、別々の実践行動をして、それが『正義』の行動だと主張をしているのだ。どれが正しい、どれが間違っている、と簡単に判断できるのだろうか。

今や創価の活動のメインは選挙活動である。立正安国論の現代的な解釈と実践行動が選挙活動だと主張しているのである。それが日本の平和につながる『正義の活動』だと指導される。都議選となれば全国の活動家が東京目指して結集して『集票マシーン』となり全身全霊の活動をする。

信徒の視点から見てみると、この組織活動に没頭した人達は何処に連れていかれるのだろうか。何が得られるのだろうか。何が残るのだろうか。一人一人が自分の組織のやっている実践行動が適切かどうか深く思索すべきだろう。


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ここ最近、しきりに学会員の教学力の低下を指摘する情報が目に付くのだが、果たしてどうなのだろうか。学会員の方々には「そんな事ありません。私は御書の隅から隅まで心肝に染めています。」「どんな法論でも負けないほど仏法理論も培っています。」と胸を張って反論できるぐらい御書の研鑽を進めて貰いたい。

かつて池田名誉会長は「剣豪の如く教学を磨け」と指導された。会員の人達が日々読む聖教新聞や大白蓮華でも御書研鑽のページは必ず掲載されている。よって御書を身近に接しているのは間違いないだろう。

ただし同じ御書の断片を何度も引用している傾向にある。部分的に学んでいるだけだ。それだけでは教学に厚みが出てこない。もっと幅広く体系的に研鑽すべきだ。その観点で十大部は当然ながら他の重要な御書も必修だろう。教学試験(任用・3級・2級・1級・中級)の出題範囲を全て学んだとしてもまだまだ足りない。

私も遥か昔に教学1級まで研鑽したが、その後の教学研鑽により、膨大な大聖人の仏法思想の僅か一部しか学んでいなかった事を思い知った。

もう一点指摘しておきたいのは、会則変更による教義改正部分の確認である。『大御本尊を受持しない』と変更したこと。組織そのものを『創価学会仏』という位置付けにしたこと。日寛教学の取捨選択の示唆『一大秘法』や『六大秘法』をどうするのかの確認等々。ここも徹底的に研鑽すべきであろう。自分の組織がどのような教義解釈をしてるか(変遷の経緯も含めて)把握する事は重要である。


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