創価学会と日蓮仏法と活動

雅彦と申します。元バリ活の自分が創価学会や宗門、日蓮仏法について思う事を書いていきます。長年、創価学会が唯一正しいと信じ込んできました。非活になり先入観なしに考えられるようになりました。信仰とは何か?組織とは何か?どう関わるべきか?全てを総括したいと思います。書きたいテーマが山ほどありますので、随時更新していく予定です。気になる記事があれば、お気軽にコメントして下さい、答えられる範囲で回答致します。

2017年07月

創価は、昭和32年の『大阪事件』が法難だと主張してるが、果たしてそうなのだろうか。この『大阪事件』とは、昭和32年の大阪の参院補選で創価の会員が中尾候補の記名入りタバコ、百円札をばらまいた事件である。

事情聴取は当然

警察側としては、現実に買収による公職選挙法違反があったのだから、組織的な関与があったかどうかを調べるのは不自然な事ではない。当時の責任者であった池田参謀室長らを事情聴取するのは当然ではないだろうか。

不自然な創価の対応

むしろ不自然なのは、創価の対応の方である。創価は、逮捕された一般会員の50数名を即座に何の弁解の機会も与えずに除名処分にしているのである。この処分は酷くないだろうか。逮捕されたことが除名の理由ならば、池田参謀室長や小泉理事長も逮捕されたのだから、彼ら同様に除名されなければ公平とは言えないだろう。

可哀想な一般会員

この一般会員の人達は、政治の理念や民主主義の歴史などを教えて貰う機会など無く、ただただ候補者が勝つことが功徳につながると教えられた組織盲従の犠牲者だと思う。こんな選挙運動をやらされて本当に可哀想である。

「法難」とするのは無理がある

これを『法難』と主張するのには根本的に無理があるのでは無いだろうか。政治の次元の話を信仰の次元にすり替えているのである。


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創価は、機関誌や対談や講演など至る所で、牧口会長の事を「反戦の闘士」「人権の闘士」「反権力の象徴」と喧伝しているが。実際の、戦時中の牧口(戸田)会長の戦争観はどうだったのだろうか。果たして、創価が主張するような反戦主義者だったのだろうか。反権力の闘士だったのだろうか。

単純な「反戦」ではない

戸田会長の小説『人間革命』で牧口会長の戦争観を表現しているシーンがある。
「二十三日の午後、巖さんの家で、森田正一の歓送会が開かれた。牧口常三郎は{略}祝いの席の正座に赤襷をかけて坐っている正一に向かって口を開いた。「森田君、しっかりやってきて下さい。日本の兵隊は勇敢だ。米太平洋艦隊や英国の極東艦隊の主力を全滅させたのは、勿論、作戦も巧妙であったろうが、搭乗員たちが勇敢で、敵の防禦砲火をものともしないで突っ込んだからであろう。しかし、緒戦の華々しい戦果で安心できる日本じゃない。いや、日本は危ない!」」「 立ち上がりの一突きで、相手が土俵を割って、それで勝負がつくのは、国技館の相撲だ。死命を制するまで闘争を繰返すことになると、全体の力がものをいう。緒戦の戦果に安心できない所以だし、この牧口の眼には、華々しい戦果に酔って、早くも、国民の間に、米英を見縊る傾向が現れたのが映っている!」
「国家諫暁だね。陛下に広宣流布の事を申し上げなければ日本は勝たないよ。これを御本山に奏請して、東京僧俗一体の上に国家諫暁をしなければ国はつぶれるよ。並大抵でない時に生まれ合わしたね」
(『戸田城聖全集』昭和40年発行版)

また、一人息子の牧口洋三氏が戦死したとき
「びっくりしたよ。がっかりもしたよ。洋三戦死の御文、病死ニアラズ、君国ノタメニ戦死ダケ。名誉トアキラメテ唯ダ冥福ヲ祈ル。信仰が一ばん大切ですよ。百年前、及びその後の学者共が、望んで手を着けない『価値論』を私が著し、而も上は法華経の信仰に結びつけ、下、数千人に実証したのを見て、自分ながら驚いて居る。これ故、三障四魔が奮起するのは当然で、経文の通りです」
と君国の為の名誉の戦死だと誇っているのである。

調べれば調べるほど。牧口会長の戦争観は、このように『単純な反戦』ではないことがわかる。

単純な「反権力」でもない

同様に『単純な反権力』でもない。かつて牧口会長は、政府の治安機関と連携し赤化教員(共産党系)を転向する活動を行っていた。権力側と連携して弾圧の一翼を担っていたのである。この時の赤化教員の逮捕理由が治安維持法違反であるのは言うまでもない。そうして赤化教員を転向させて創価教育学会に引き入れていたのである。

創価の宣伝に都合良く利用

このような事実を無視して『永遠の師匠』としての理想的なイメージを作り上げるのはどうかと思う。それでは『創価の宣伝に都合の良い人物』として利用しているに過ぎない。牧口常三郎という人物をかえって矮小化しているのである。

「人間・牧口常三郎」の実像を

牧口会長は、「認識なくして評価なし」という言葉を残しているが、その人の発言・行動・著作などを丁寧に調べて、本当の人物像を追及しなくてはならない。そうしないと、その人の思想・哲学を本当の意味で理解したことにはならない。いまこそ真摯な姿勢で実像を追及すべきではないだろうか。


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今、自分のやっている活動が本当に正しいのか。時には、立ち止まって考えてみることが大事だろう。組織主義に陥っていないか。『おすがり信仰』に成り下がっていないか。変な方向に走ってないか。相手の迷惑になっていないか。相手は嫌がっているのではないか。自分の活動がその地域に貢献しているか。等々。純粋な信仰心だけでは組織の打ち出しのまま盲従してしまうリスクが高い。常に自分を客観視し評価する習慣をつけるのが大切なのだろう。


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ナチス、ヒトラーは言うまでも無く人類にとって悪である。

しかし仮に、特集記事で、ナチスが実行した経済政策や育成事業のみを扱ったらどうなるだろうか。

現在のドイツの高速道路網の基礎を作ったのは実はナチスである。敗戦後のドン底の状態から、公共事業による経済の立て直しにも成功した。国民の余暇を活性化する為にフォルクスワーゲンが設立され、大衆車が普及された。ヒトラー・ユーゲントによる青年層の育成。集団キャンプやスポーツによる青年層の育成。科学技術の発展・教育。医学の教育。

このような側面ばかりを記事にしたら、ヒトラー、ナチスは大いに褒められるのみの存在になるだろう。

ナチスが実行した、ユダヤ人の大量虐殺、人種差別、隔離政策、このような行為を一切スルーしたとしたら

(自分達が信奉する組織にとって)都合の悪い記事は一切書かない。その代わりに表面上は綺麗に映る記事ばかり書く、このようなブログは著しく偏っていると断ずる他ない。




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人間にとって純粋さというのは最も大事な要素だと思う。しかし、それが宗教団体に属していると、その感情を利用され、いつの間にか組織人間になり、組織に盲従するようになる。素直に純粋に信じることが何故危険なのだろうか。

婦人部が騙されやすい理由

特に婦人部などは純粋な人が多い、教学的には全然研鑽をしてない人が多いが故に、騙されやすいのだろうか。組織に妄信しやすいのだろうか。理性的に批判する能力というのが足りないが故にこうなるのだろうか。

宗教組織の実像

日蓮系の宗派に限らずに、あらゆる宗教団体で組織の中核をなしているのが、純粋な信徒である。組織に言われるがままに盲従する信徒達。これが宗教組織の実像であろう。洋の東西を問わず、宗教組織は、人間の純粋な信仰心に付け込み、組織に盲従にさせてきた幾多の歴史がある。

前提条件

仮に組織に盲従して、それが良い結果につながるとすれば、それには前提条件がある。その組織の行動が絶対的に正しく、その組織のリーダーが清廉潔白であるという条件が満たされなければならない。

日蓮正宗が『富士の清流』である時期はあったと考える。確実なのは日興上人が法主だった時代。トップが清廉潔白で人格的に優れた指導者であった時代、全面的に日興上人の指導に従っていれば間違いなかったであろう。

しかし、そのような大指導者が常に排出されることを前提としてはダメだろう。その後の大石寺系は俗物のような法主が次々に出てくるのである。そんな法主に「唯授一人の血脈相承」で神格化して絶対服従すると『おすがり信仰』になるのは明らかであろう。

屹立した信仰者とは

常に思索を続け、他の組織との比較を怠らない姿勢が欠けてるが故に、このような妄信に陥ってしまうのであろうか。

望ましいのは一人一人が確固たる仏法哲学を持ち、日々御書を研鑽し、思索を続け、その理念と現実の行動が一致しているかを常に検討し続けることだろう。純粋な信仰心と、常に客観視する視点、屹立した信仰者であるためには、この両方が必要なのだろう。


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まだ思索段階の記事で申し訳ないが

人間が人間らしくある為に重要な要素とは調和であると感じる。
仏法の十界論で説かれる『人間界』。大聖人は観心本尊抄で「平らかなるは人」と仰せである。この平らかというのは均衡が取れている状態、つまり調和状態のことを指すのだろう。また、御書に何度も用いられている「煩悩即菩提」とは、欲望を滅し灰塵させるのではなく、それを糧にして菩提心に昇華させることである。食欲や他の欲望のコントロール等々。欲望が剥き出しの社会において、日蓮仏法では、己自身を律して欲望をコントロールする人生というのが求められている。

世間には『大食い』と言われるような人達が存在し、それを各メディアが面白おかしく紹介し讃嘆するような傾向にある。また、最新のある医療研究では、小腸の内壁を人工膜で覆い、栄養素の消化吸収を妨げるという研究も進められているという。実現すれば幾ら食べても太らない『夢の治療』ということになるらしい。しかし、果たしてこれが人間らしい状態と言えるのだろうか。人間の目指す方向であろうか。強い違和感を覚えるのである。自分の食欲をコントロールことが出来ずに肥満になり病気になっている人も問題ではあるが、だからといって肉体・消化器官に手を加えて制御しようとするのは傲慢な発想ではないだろうか。

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創価の活動家や、法華講の活動家や、顕正会の活動家の人達に共通して言えることがある。長い間、その組織で活動を続けているほど強い結束力を持つコミュニティ的な存在が出来上がっているのである。それは非常に居心地のいいコミュニティなのだ。中には『地域そのもの』になっているケースもある。いつも一緒にファミレス等々で食事をしたり、組織イベントも含めて遊びに行ったり、中には家族ぐるみで付き合いがあったり、正月や季節行事とリンクしていたり。長年そのコミュニティの中で生きていると、そこから抜け出すのは難しく、他で生きていくことは考えられない。そのような人が大勢存在しているのである。

特に婦人部の方は、仕事を通じた社会とのつながりが薄いので、なおさら信仰組織でのコミュニティの影響を強く受けるのである。そのような人達に教義論争を持ちかけて論破したところで、負けたからといって組織を出ることはないだろう。論理よりもコミュニティの同調感情が優先されるのである。彼らの組織活動がもたらす結果や意義というものを客観的に批評する姿勢が欠けているのである。

例えば、創価の活動家の人達に、会則変更の矛盾点を幾ら追及しても、開き直って「今はそういう時代ではない」と答えるのだ。彼らは教義的な指摘から組織を出ることはしない。居心地の良いコミュニティがある限り決して出ることはないだろう。

そのコミュニティの中で、役割を与えられて、それを頑張ることによって認められることが信仰の目的になっているのだ。その結果が広宣流布につながり、世界平和につながると信じているのである。

そのコミュニティの精神的な柱になっているのが『永遠の師匠』や『御法主上人猊下』や『浅井先生』という偶像である。

願わくば、日蓮仏法を信仰する同志として、組織依存の『おすがり信仰』から目覚めて、一人一人が屹立した信仰者として歩んで欲しい。


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創価の一般会員が、自宅の仏壇に安置している御本尊のことを考察してみたい。大半の一般会員が該当する。

「ニセ本尊」の実態は

これは栃木県・淨圓寺が所蔵していた日寛師が書写した略式御本尊である。創価は、この御本尊を会員に複写・配布する際に、その一部を改竄したと指摘されている。具体的には、左下の霞んだ文字の所を明瞭にして、左端の授与書を削除して、文字の線を太くしたり伸ばした、とのことである。どうやら現存する元の状態のまま複写するのが都合が悪かったようだ。

仮に、それが本当であっても大幅な改竄では無いだろう。根本的に大きな変更を加えてはいない。ならば、そこまで問題なのだろうか。編纂して複写した御本尊だからといって中核の相貌は変わらない。ならば仏界を湧現できるだろう。御本尊の功力は変わらないだろう。ならば「ニセ本尊」と攻撃する人は考えを改めるべきである。大聖人が顕された御本尊の相貌こそが重要なのである。

悲しい「不敬」行為

ましてや不敬など行うべきでは無い。ある動画サイトで、法華講の人が、創価のお守り御本尊を取り出して燃やしてるのを見たが、このような不敬は断じて行うべきでは無い。

逆に、日顕法主や日如法主の書写の御本尊であろうと相貌は変わらない。創価の人は不敬することが無いようにすべきである。だからと言って法主を敬えという事では無い。

相貌こそが

『誰が書いたか、複写したか』が論点ではなく、大聖人の御図顕された相貌こそが重要なのであり、それを敬うことが肝要なのである。法華経の荘厳なる虚空会の儀式をそのまま御図顕された相貌を敬う事が重要である。

解決策は

この不毛な本尊論争が延々と続いてるが、これこそ大聖人が最も悲んでおられるだろう。現実的な解決策としては、御真筆の御本尊を希望者に精密な複写配布されるべきである。御真筆をありのままに複写したのであれば、もはや不毛な争いは無くなるだろう。


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創価のバリ活動家のブログの方々に関して。明るい記事も多く、生き生きとした活動家の方々が多いと見受けられる。それは素晴らしいのだが、総じて気になる点がある。

自分の言葉で思想を語れない

よくあるのが、池田名誉会長のスピーチや人間革命の一節などをそのまま流用してるケースである。中には記事の9割以上が流用というケースもある。ステレオタイプというか、鋳型にはめたような創価万歳記事ばかりなのだ。バリ活動系のブログを見ていると、このような傾向の記事が多すぎるのである。これはこれで会員の方々に共感を呼び起こす効果があるのだろう。しかし、せっかくブログをやっているのだから、自分の思想を自分の言葉で表現することを望みたいものである。

そのような傾向が強い中で、「広布の大河に君ありて」ブログの方は自分の言葉で身近に起こったことを記事にしているのは素晴らしい事だと思う。信仰体験を自分の言葉で語る、所属組織の如何にかかわらず一人一人がこのような姿勢であって欲しいものである。

組織=正義ありきの忖度

「組織の打ち出しが正しい」「創価のやっている事が全て正しい」という絶対条件の上に記事を書いているから、矛盾に満ちた内容になるのだ。

もう一点は、『忖度』である。組織の幹部の批判記事を決して書かない。仮に、一時的な感情から、幹部に対する苦言を呈した発言をしても、僅か数日程度で記事を削除してしまうのだ。いわゆる『忖度』してしまったのである。

どんな組織でも必ず問題点はあるものだ。しかし彼らは決してそれを取り上げようとしない。「組織の批判をすることは破和合僧の所業である」「組織に迷惑をかけてしまう」と思い込んでいるのだ。これでは組織改善など永遠に不可能だろう。自ら改革の芽を摘んでいるのだから。


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大聖人は御自身の滅後、御本尊に関して、どのような方針を取られていたのだろうか。新しい門下ができたときに、御本尊をどのように下付したり閲覧させる御考えであったのだろうか。

以下のように考察してみた
・各々の弟子達に書写を任せて下付させる。
・印刷技術を利用する。
・今まで御自身が下付された御本尊を寺に管理しておき、弟子達が集まって閲覧する。


大聖人以外が御本尊を書くことは

まず大前提として、そもそも御書には、大聖人・御本人以外が御本尊を書かれることを許可されたという記述が一切ない。

大聖人滅後に於いて、大石寺系、他の日興門流、身延系、それぞれが自分たちの判断で御本尊を書写したにすぎない。

果たして、これらと大聖人の御真筆の御本尊が等しいと言えるのだろうか。

当時の印刷技術は

印刷技術に関しては、当時のモンゴル帝国では紙幣(交鈔)の発行に銅版画が用いられていたが、日本まで伝わっていたかは不明である。大聖人がその情報をご存じであったかも不明である。また、当時は大聖人は衣食や紙さえ困窮されておられた状況であったから、印刷器具を調達することも難しいだろう。

鎌倉時代の版木の精度も考慮しなければならない。文字曼荼羅の躍動した姿を当時の版木レベルで再現しきれたのだろうか。大聖人の真筆を見ればわかるが、ダイナミックで精緻な筆遣いを再現できるのだろうか。「版木では細部まで表現しきれない」という御判断だったのかもしれない。

御書には、御本尊配布や滅後の御本尊についての記述が無いので(残ってないので)わからない。

信心強盛な信徒にのみ配布

ただし「又経文のごとく不信の人に・わたしまいらせずば日蓮・偏頗は・なけれども尼御前我が身のとがをば・しらせ給はずして・うらみさせ給はんずらん」「骨に肉をば・かへぬ事にて候へば法華経に相違せさせ給い候はん事を叶うまじき」と仰せのように、信心強盛な信徒にのみ御本尊を下付された。この御文を拝すると、信徒が急激に増えたからといって大量に印刷して配布しようという姿勢など微塵もみられない。

形木にして増刷した結果

富士一跡門徒存知の事には、大聖人の滅後に、日向・日頂・日春ら他門流が、御真筆の御本尊を形木に彫って版画のように増刷し、信心の薄い人にまで下付したという。その結果、多くの不敬を招いたことが記述されている。日興上人はそのような不敬が起こらない対策として、御真筆の本尊を授与した人の名前を直接書き込んだという。

日蓮在御判かどうかの違い

現実の歴史では、大聖人滅後は弟子達が書写をして信徒へ下付するという形がとられた。

そのために、日興上人と、その他の弟子達との御本尊に対する認識の違いを考察する必要がある。
・日興上人は、「南無妙法蓮華経の首題の下に日蓮 在御判」
・五老僧は、例えば日朗書写なら 「南無妙法蓮華経 日朗 花押」

この違いは、大聖人を南無妙法蓮華経と一体不二の本仏と捉えていたかどうか。


板本尊に関して

御書には板本尊に関する記述がどこにもない。また大聖人が板本尊を自ら作られたという実績もない。従って、紙の文字曼荼羅を板本尊に模刻する行為自体が許される事かどうかも実は不明なのだ。

紙以外の材質に関して

そもそも、木版の板御本尊は大聖人は一度も御図顕されていない。後の世に大石寺系などが板本尊へ模刻したのだ。厳密に大聖人のスタイルを踏襲するなら板本尊さえも許容できなくなる。

紙以外の材質で御本尊を御図顕されたのは、唯一・絹のみである。現存する真筆の中では『天目授与本尊』と呼ばれる御本尊が材質が絹である。


日興上人の書写の判断基準

日興上人は文字曼荼羅を書写するにあたって、大聖人の御真筆の中から、どれか一つだけを特定するということはされなかった。数多くの御本尊を書写されているが、その相貌には数々のパターンがある。

小さなサイズの略式の相貌から、大きなサイズの十界の諸尊が全て勧請されている相貌まで幅広い。推測するに、下付する対象の信徒や寺院に合わせて、その都度最適な相貌を判断されたのではないだろうか。

つまり『弘安二年の大御本尊』といわれる本尊のみを書写したわけではなかった。日蓮正宗は「歴代法主は、戒壇本尊というただ一つの本尊を書写した」と主張しているが、これが根拠のない伝説であったことは明白である。




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