創価組織・創価バリ活の人達が『仏敵』と認定する『日顕宗』とは具体的に何を指してるのだろうか、その批判内容は適切なのだろうか。考察してみた。

日顕氏が現役の猊座に就いていた時代、1991年に創価が破門されて宗門と袂を分かっていった。それから、互いに泥沼の闘争が始まるのである。創価側は宗門への攻撃の正当性を持たせる為に、日顕氏を諸悪の根源と位置付け、その体制下にある宗門を『日顕宗』と命名したのである。要するに「富士の清流である日蓮正宗が日顕一派によって乗っ取られて堕落してしまった」という主張で攻撃を開始していったのだ。

あえて命名するならば「日寛宗」

仮にも『宗』という命名をするのだから、それまでの日蓮正宗と大きく異なる独自の教義を用いてなければ辻褄が合わないはずなのだが、日顕氏の時代に宗門が教義の大幅な変更を加えた事実はない。あくまで日蓮正宗が伝統的に受け継がれてきた教義を踏襲しているだけである。それを『日顕宗』と一方的に命名して批判するのは辻褄が合わないだろう。

創価が批判している『唯授一人の血脈相承』にしても、或いは創価の会則変更の時に、宗門の大御本尊の分身散体の教義を批判していたが、それらの教義を確立したのは江戸時代の日寛師である。どうしても命名したいのならば『日寛宗』と命名しなければならないだろう。

しかし、創価が『日寛宗』などと主張して攻撃できるはずがない。自分達も日寛師の教義に依存しているのだから、そんなことをすれば正当性が全く保てないからである。だから日顕氏がトップであった体制下の宗門を『日顕宗』と命名して攻撃の材料にするしか無かったのだろう。それから長い年月が経過して現在は日如法主の時代に体制が変わっている。だが創価は日如法主体制の宗門も同様に『日顕宗』と決めつけて攻撃の対象にしているのである。この流れでいくと、次の法主になっても同様の手口で批判を繰り返すのだろう。

日顕氏の指導者としての資質

私は日顕氏が行ったことは日蓮仏法の指導者としては失格であると思っている。信徒の真心の供養で建立された正本堂を何の説明もなしに解体したこと。創価の一般会員ごと大勢を破門したこと(池田名誉会長への扱いに関しては個人的な事であるので言及は避ける)。これらは紛れもない破和合僧の所業であろう。およそ褒められた指導者では無い。

再び僧俗和合への道を

だからといって『日顕宗』とレッテルを張り宗門の教義ごと変更があったかのように批判し攻撃するのは適切な対処では無いだろう。むしろ考えるべきは「再び僧俗和合するにはどうしたら良いか」という事だと思う。会則の見直しや体制刷新など、お互いに大改革を行って組織改善をし、信徒同志が手を取り合って歩む道を模索して欲しい。


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