創価は、機関誌や対談や講演など至る所で、牧口会長の事を「反戦の闘士」「人権の闘士」「反権力の象徴」と喧伝しているが。実際の、戦時中の牧口(戸田)会長の戦争観はどうだったのだろうか。果たして、創価が主張するような反戦主義者だったのだろうか。反権力の闘士だったのだろうか。

単純な「反戦」ではない

戸田会長の小説『人間革命』で牧口会長の戦争観を表現しているシーンがある。
「二十三日の午後、巖さんの家で、森田正一の歓送会が開かれた。牧口常三郎は{略}祝いの席の正座に赤襷をかけて坐っている正一に向かって口を開いた。「森田君、しっかりやってきて下さい。日本の兵隊は勇敢だ。米太平洋艦隊や英国の極東艦隊の主力を全滅させたのは、勿論、作戦も巧妙であったろうが、搭乗員たちが勇敢で、敵の防禦砲火をものともしないで突っ込んだからであろう。しかし、緒戦の華々しい戦果で安心できる日本じゃない。いや、日本は危ない!」」「 立ち上がりの一突きで、相手が土俵を割って、それで勝負がつくのは、国技館の相撲だ。死命を制するまで闘争を繰返すことになると、全体の力がものをいう。緒戦の戦果に安心できない所以だし、この牧口の眼には、華々しい戦果に酔って、早くも、国民の間に、米英を見縊る傾向が現れたのが映っている!」
「国家諫暁だね。陛下に広宣流布の事を申し上げなければ日本は勝たないよ。これを御本山に奏請して、東京僧俗一体の上に国家諫暁をしなければ国はつぶれるよ。並大抵でない時に生まれ合わしたね」
(『戸田城聖全集』昭和40年発行版)

また、一人息子の牧口洋三氏が戦死したとき
「びっくりしたよ。がっかりもしたよ。洋三戦死の御文、病死ニアラズ、君国ノタメニ戦死ダケ。名誉トアキラメテ唯ダ冥福ヲ祈ル。信仰が一ばん大切ですよ。百年前、及びその後の学者共が、望んで手を着けない『価値論』を私が著し、而も上は法華経の信仰に結びつけ、下、数千人に実証したのを見て、自分ながら驚いて居る。これ故、三障四魔が奮起するのは当然で、経文の通りです」
と君国の為の名誉の戦死だと誇っているのである。

調べれば調べるほど。牧口会長の戦争観は、このように『単純な反戦』ではないことがわかる。

単純な「反権力」でもない

同様に『単純な反権力』でもない。かつて牧口会長は、政府の治安機関と連携し赤化教員(共産党系)を転向する活動を行っていた。権力側と連携して弾圧の一翼を担っていたのである。この時の赤化教員の逮捕理由が治安維持法違反であるのは言うまでもない。そうして赤化教員を転向させて創価教育学会に引き入れていたのである。

創価の宣伝に都合良く利用

このような事実を無視して『永遠の師匠』としての理想的なイメージを作り上げるのはどうかと思う。それでは『創価の宣伝に都合の良い人物』として利用しているに過ぎない。牧口常三郎という人物をかえって矮小化しているのである。

「人間・牧口常三郎」の実像を

牧口会長は、「認識なくして評価なし」という言葉を残しているが、その人の発言・行動・著作などを丁寧に調べて、本当の人物像を追及しなくてはならない。そうしないと、その人の思想・哲学を本当の意味で理解したことにはならない。いまこそ真摯な姿勢で実像を追及すべきではないだろうか。


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