大聖人は「南無妙法蓮華経の良薬をば彼れ等が口には入るべき」と御自身の仏法を薬に譬えられた。間違った薬を飲んで不幸に陥り苦しんでいる衆生を救う為に人生をかけて闘争されたのだ。

現代でも、製薬の過程で、変な材料を混入すると大変な劇薬が出来てしまう。そんな毒薬を患者に用いれば被害は甚大である。また用法を間違えば患者にとって害が及ぶのも言うまでもない。大聖人も「うるし千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し」と用いられる教義に極めて厳格であられた。

真言を用いるべからず

大聖人の幼少の頃よりの大いなる疑問。なぜ承久の乱で主君の朝廷方が臣下の幕府方に敗れたのか。国家の興亡に関しての極めて重要な疑問である。仏門に入り、御遊学の中で諸寺院を回られて徹底的に研鑽され、ついに答えを見つけられた。それは真言の調伏祈祷が原因であると仰せである。

幕府から調伏の祈祷の依頼があった時に大聖人が何故応じられなかったのか。「殊に真言宗が此の国土の大なるわざはひにては候なり大蒙古を調伏せん事・真言師には仰せ付けらるべからず若し大事を真言師・調伏するならばいよいよいそいで此の国ほろぶべし」「誤った真言を用いれば国が滅んでしまう、日蓮を用いよ」との御心。五老僧はこの師匠の心が理解しきれなかったのである。彼らは、残念なことに大聖人の滅後に為政者の求めに応じて調伏祈祷に参加しているのである。

根本的にこの認識が違うのである。

自分でデタラメに調合した『毒薬』

「気楽に語ろう~」の渡辺氏など「日蓮仏法の一部をつまんで、他の宗派の良い所もつまんで、他の宗教の概念も混ぜ合わせて再構築をしよう」「龍樹と智顗の説に依拠して独自の曼荼羅の世界観を考えている」などと主張してる連中がいるが、要するに、この手の輩は取るに足らぬ知識でデタラメな薬を調合してるのである。自分でデタラメに調合した『毒薬』を飲んで頭破作七分の状態になっているのだ。仏法東漸の流れに完全に逆行して、中国の天台だインドの竜樹だのを本尊に鞍替えした輩の哀れな末路がこれである。まさに法華経寿量品で説かれる「飲他毒薬。薬発悶乱。宛転于地」そのものではないだろうか。

取るに足らぬ知識の断片をこねくり回して『毒薬』(我見の教義)を作って喜んでる様は子供じみていて、見ていられない程である。一刻も早く日蓮仏法に純粋に立ち戻ることを切に願うばかりである。



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