私の『信仰と組織』に関するスタンスを改めて説明すると。
当ブログでは、日蓮仏法の教義のテーマ記事の他にも、創価や宗門の批判記事を書いているが、私は『アンチ創価』でも『アンチ宗門』でも『アンチ顕正会』でもない。某3人組のように池田絶対主義者でもない。比較的考え方が近いのは「SOKA2015」ブログのmacska氏の提唱する『真・僧俗和合』である。組織の垣根を越えた交流が大切だと思っている。

では、なぜ創価や宗門の批判記事を書いてるかというと。現在の創価や宗門は、組織主義によって一般信徒を隷属下に置いているからである。信徒は『組織おすがり信仰』になってるからである。これでは一人一人が信仰者としての本義を全うできない。それに気づいて欲しいのである。

他にも、元バリ活の人や元宗門の人が『覚醒』したのは良いが、悲しい事に日蓮仏法・大聖人すら批判してるケースもある。これも見過ごすわけにはいかない。

只々、一人の日蓮仏法の信仰者として純粋な信心を貫きたいだけである。(私の信仰と組織との関わり方の考察は、カテゴリ『信仰と組織』を参照頂きたい。)

私の主張はたった一つである。「原点である大聖人に帰れ!」何があっても御書根本でスタートする。これだけなのだ。

大聖人は誰よりも人間として魅力的で、人格者であられた。例えば、故郷を想う御書や門下に対する御配慮の御書を拝する時、大聖人の深い人間性を感じ取れる。今後も命ある限り大聖人の仏法を求め続けるだろう。


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