池田名誉会長の執筆活動に関して。

執筆活動の実態

以前から指摘されてきたことだが。よく疑問視されるのが、本人が実際に行っているかどうかの点である。

よく噂になる情報としては、人間革命は篠原善太郎氏が担当し。御書講義は教学部が担当し。激励のメッセージや詩は第一庶務が担当し。世界の要人との対談もサポートチームが担当し、往復書簡で作り上げ。スピーチも国際部が見つけて翻訳した偉人達のテキストに下地を使ったり、専門チームが内容を作ったり。写真も専門家の原山正行氏がフォローしてる。等々。ありとあらゆる執筆活動に対しての疑問点が指摘されている。

要するに、執筆活動に専念する文人指導者というのは、作られたイメージだということらしい。今までの殆ど全てが代作で、本人は教学その他の造詣は持っていないらしい。

これらが本当なら『永遠の師匠』の実態は、創価本部チームが創り出した理想の文人指導者像ということになる。

内容で評価を

このような情報を見ると会員の人達はショックを受けるだろう。「では、今まで信じてきた先生は一体何だったんだ!?」その気持ちは痛いほどわかるが、本質を見極めて欲しい。

私もこういう情報を見ると最初はショックを受けた。今まで信じていたものが音を建てて崩れていく虚しさを味わった。しかし、よくよく思索を続けると「これらが本当だったとしても、大事なのは内容であり、誰が書いたものであっても内容が優れていれば良いのでは無いだろうか。」と考えるようになった。

一般論としても、カントの理性批判はカントが書いたから価値があるのではなく、内容が優れているから価値があるのだ。

自ら取捨選択して価値判断を

果たして、学会員は執筆物を全部を鵜呑みにするほど読解力・解釈力が無い人ばかりなのだろうか。自分自身で本の内容の浅深を評価できないのだろうか。

池田氏の様々な執筆物に触れる中で、その実態が別人の作品であったとしても、自分の参考になる箇所を見つけて用いれば良いではないか。

いつまでも『永遠の師匠』の有難いお言葉を鵜呑みにするのでは無く、自分で取捨選択して価値判断すべきだろう。


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