「SOKA2015」ブログに関して。macska氏。現役壮年部の方である。役職は(元)地区部長。『真・僧俗和合』という理想を掲げて、創価の改革と宗門の改善を望まれている。創価の現在の体質に深く憂慮されている。創価の会則変更の数々に異議を唱えている。

昔の創価の教義を純粋に貫く

macska氏の教学は、純粋な日蓮正宗の教義そのものであると思われる(ただし唯授一人の血脈相承に関しては否定的な見方だろう)。大御本尊への恋慕の信心。一大秘法。日寛教学。大聖人が末法の御本仏であること。人法一箇。久遠元初。久遠元初自受用報身如来。これらは昔の創価を支えてきた教義そのものである。

会則変更に納得できず行動を起こす

一年か二年ほど前に、創価組織に対して、創価の会則変更に関しての疑問とそれに対する回答を要望したようだが、返答は一切無かったようである。

その後も創価の会則変更に異議を唱え続け、改革の志を強く持つが故に、少し前に、地元の座談会で、大御本尊の話題を振ってみたら、空気が凍り付いたようになったそうだ。

創価組織からハブられる

その後、組織から連絡が来なくなったようである。何とも残念な話だが、この経緯が今の創価の実態を顕している。

信仰の根幹はこうあるべき

組織からハブられてしまった今、一人で戦っているのだろうか。記事を見る限り、大御本尊への純粋な信心、そして今も続けている日々の唱題、そこから得られる深い確信が伝わってくる。信仰の根幹とはこのようにあるべきではないだろうか。

あの内村鑑三は、自分のキリスト教信仰上の考えが神学者や接した教会の指導者達に受け入れられず、教会から捨てられた状況になった時に
「ああ、神よ、私は教会を去っても、あなたから去ることはできない。教会に捨てられた不幸は不幸であるけれども、あなたに捨てられなければそれで十分なのだ」
と宣言している。宗教は違うが、人間として、ここに信仰の核心部分があるように感じる。

現状は辛い状況だろうが、いつまでも創価がこのままとは限らないし、近いうちに大きな変化があるかもしれない、諦めずに志を貫いて欲しいものである。

真・僧俗和合

『真・僧俗和合』という考え方は近いものがある。もともと創価も宗門も同じ教義解釈なのだから対立してることがおかしいのだ。共に広宣流布を願っているのである。お互いに組織改善して仲良くやれば良いではないか。

人間・池田大作を追及すべき

ただし、池田名誉会長の捉え方が少し違う。我々は表の部分だけしか、綺麗な部分しか見ていない。『永遠の指導者』という偶像では無く、一人の表も裏もある人間として捉えるべきである。袂を分かった原島嵩氏や福島源次郎氏や石田次男氏などの評価も丁寧に調査し見直す必要があると感じる。そうして総合的に評価し直す必要があるのではないだろうか。


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