創価には信仰心が純粋で人柄が良い会員が多い。組織の言うことを疑いも無く全て正しいと信じている。自らの組織の教義変更も省みずに『日顕宗』を批判してるのである。法華講にも純粋な方が多いのである。だから『ニセ本尊』を攻撃することが正しい破折だと信じているのである。顕正会も純粋なる方が多いが故に浅井氏の終末論に感応してしまう。それぞれが他組織を攻撃し自分の組織に引き込むことが広宣流布の正しい道だと信じているのである。

私が残念だと思うのは、一人一人は純粋で素晴らしい人達なのに組織が違うが故にこうも分断される現実である。これらは元々は大石寺系で同じ教義解釈なのだ。皆が大聖人を信奉し広宣流布を心から望んでいるのである。

この現状を見れば、大聖人がどれほど悲しまれておられる事だろう。

考察すればするほど、宗教組織というもの、『組織信仰』の弊害を感じざるを得ない。

原点である大聖人の時代に遡って考察をしてみると、大聖人の御入滅後を見てみると、後継の弟子達の法門解釈の違いにより分断された。あるものは天台沙門と言い、本迹一致と主張し、本尊は釈迦だと言ったり、解釈がそれぞれバラバラになってしまった。後継者の事や、(大御本尊の件も含め)御本尊配布の事や、御自身の仏法上の位置付けなどを大聖人がハッキリと明示されなかったから(時代背景に於いて明示できなかった理由があるのだろう。当時は政治と宗教が分離されてなかった背景もあったのだろう、御成敗式目に則った裁判も宗教的権威の影響が大だった等々)という理由もあるが、だからといって、こうもバラバラに分断されるとは悲しい限りである。

大聖人は、釈尊の仏法が末法に於いて混乱してる姿を誰よりも嘆いておられた。釈尊の正法である法華経を正しく掲げない宗教界を嘆いておられた。当時の(唯一の正法であるはずの)天台宗でさえ、叡山でも慧心流と檀那流に大別され、更に細かい流派が作られていた。剰え「摩訶止観は法華経より勝っている」(止観勝法華説)とまで言い出す輩も出てきた。そもそも真言密教化している。その現実を熟知されていた。であるならば、御自分の滅後に、同じように弟子達が法門の解釈で混乱する事を考えなかったのだろうか。

大聖人は法門に対して厳格であられた。「私ならざる法門を僻案せん人は偏に天魔波旬の其の身に入り替りて人をして自身ともに無間大城に堕つべきにて候つたなしつたなし」と勝手な解釈を厳しく戒められている。弟子達がそれぞれ自由な解釈をしても許される、というものでは決して無い。


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