現在の創価の選挙活動を見るにつけ、公明党が自民党に追従してる情けない姿を見るにつけ、不祥事を起こす議員が続出してる姿を見るにつけ、創価は政治に進出すべきではなかったと思う。

御書にない「法戦」

もはや今の創価は選挙活動がメインであり、そこから信仰の功徳が得られ『宿命転換』につながると信じている活動家がいかに多い事か。創価では『法戦』という仰々しい用語があるぐらいだが、しかし御書の何処にもそんな言葉などない。大聖人の御指導とは何の関係もない造語なのである。

「お任せ」して監視せず

活動家の人達は、組織の打ち出しの通りに選挙活動を必死に頑張って、公明党の議員を当選させて、あとは「信心してる同志達だから」という理由で、一切をお任せし、その後の政治の監視など一切してないのである。これでは白紙委任状を与えたようなものではないか。国民の不利益になるような政治活動をしていても、その実態を全く知らないのである。

政界進出の出発点

創価の政界進出の歴史は、戸田会長の時代が出発点である。「政治を民衆の手に取り戻さなければ、真実の社会の繁栄は、永久になくなってしまう」という理由で『人類意識、真実の平和主義に立脚した政治家』を輩出する為に政界に進出した、という説明をしている。

本来の政治との関わり方とは

しかしながら、民衆の為の政治を実現する方法は他にもあったのではないだろうか。つまり、一人一人が常に政治について関心を持ち、身近な人達と語り協力し監視を続ける。こういう政治への参加の仕方でも良かったのでは無いだろうか。

現に、海外のSGI組織は政党など作らずに、各メンバーの自主投票というスタンスで政治と関わっている。『日本だけが特別に必要』というのがおかしいのである。

海外組織では選挙支援活動せず

国家主義的な傾向度合いでいえば、ロシアなんてもっと酷い。プーチンの独裁体制である。権力者への批判の自由など皆無だ。しかもロシアはずっと戦争をやっているのである。日本に日蓮仏法を基調にした政治家が必要というのであれば、ロシアにはもっと必要だろう。しかし現実はロシアSGIは選挙支援活動などやってないのである。

ロシアを例に挙げたが、他にも国民の権利そっちのけの独裁政権国家など挙げればキリがない。創価の論理で考えれば、これらの国全てに自分達の政治家を送り込まねばならないことになる。言うまでも無く創価は、日本以外は政党は一切作っていないし選挙支援活動も行っていない。

いい加減に『日本だけ特別に政党が必要』という固定観念を捨て去るべきだろう。

信仰の本義とは

信仰の組織なのに、組織総力をあげて選挙支援活動に打ち込む。どう考えてもこれが信仰の本義とは思えないのだ。そろそろ創価の活動家の方々は気付いて欲しいものである。

創価は選挙の時期になると、立正安国論がよく御書学習のテキストになる。この中の『四表の静謐』の部分を、選挙支援活動の拠り所にしてるようだが、これを根拠にするのは無理があるのではないだろうか。そもそも立正安国論は政治の次元の話ではなく、信仰・思想の一凶を断ち切り、正しい信仰・思想を用いる事が主軸なのである。大聖人の御精神がどこにあるのかをよくよく考察すべきだろう。


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