日蓮本仏否定派の根拠はこうである。
・大聖人や日興上人に直接本仏と明記された真筆文章が無い。
・弘安2年の大御本尊が、大聖人の出世の本懐である証拠が無い。非常に疑わしい。
大石寺第9世法主・日有師の代になって急に出だした。
・百六箇抄、産湯相承書、本因妙抄は偽書である可能性が高い。
 従って、「久遠元初」「久遠元初自受用報身如来」という教学的概念が否定される。
 (ただし開目抄で『無始の仏界・無始の九界』の明言がある。
   「法身の無始・無終はとけども応身・報身の顕本はとかれず」と無始・無終の明言がある)
 (観心本尊抄に「我等が己心の釈尊は五百塵点乃至所顕の三身にして無始の古仏なり」
  法華真言勝劣事に「三身相即の無始の古仏」とある)

では、なぜ日有師の代以降に御本仏、大御本尊、唯授一人の血脈相承ということが強調されだしたのか?それは当時の大石寺が非常に困窮しており、興門流は、蓮蔵坊紛争等々によって次々に分裂し弱体化し、代々の稚児法主による指導力の低下。このような状態から、大石寺の正当性を主張し「法主の絶対的権威」の元に興門流をリードしていく狙いがあったからである。
日蓮本仏否定派の主張をまとめると、このような主張である。


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