仏教史観を語る。1977(昭和52)年1月15日関西戸田記念講堂で行われた、池田会長の講演であるが。 池田会長は、その中で概要として、
・現代において創価学会は在家、出家の両方に通ずる役割を果たしていると言える
・在家の身でありながら供養を受けられる
・創価も出世間の自覚がある
・学会の会館・研修所もまた「近代における寺院」である
という主張をした。

これが創宗問題の発端だと言われているが、確かに、この内容を見れば、僧侶の役割は必要ないように解釈も出来よう。そうなると宗門の価値というのが不必要に思えてくる。このような講演を行うと、宗門の猛烈な反発は予想できそうだが、何故、この時期に、このような講演を行ったのか?

海外の広宣流布を視野に入れての長年温めてきた構想だったのだろうか?あの有名なハワイレポートもそう遠くない時期に報告されたというが。海外布教を考えた時に、在家中心の必要性を強く感じたのだろうか?