創価学会を離れた人(在籍しても心は離れてる人も含む)のその後を分析してみた。

A・スピリチュアル系にハマる
神秘的なものに惹かれる性質は変わらない。おすがり信仰の対象がスピリチュアル系に変わっただけ。

B・日蓮正宗・顕正会などの他団体に移行する
アンチ創価の急先鋒になる。体験発表等々で創価をボロクソに叩く。そこでも組織主義に陥ってしまうのである。御僧侶様や浅井先生を絶対的な存在として仰ぐ。崇拝の対象が変わっただけである。

C・どこにも行かずに一人で追及する
どこにも行かずに一人で追及する人に起こりがちなのが、日蓮大聖人をも否定したり矮小化したりする傾向にある。「運ちゃん氏」しかり「気楽に語ろう~」の渡辺氏しかり。

この理由は、「もう騙されたくない、真実を追求したい」という気持ちが強すぎる為に、宗祖の言葉さえも信じれずに、我見により勝手に解釈したり、スルーしたりする特徴がある故。彼らは「人間日蓮が知りたい」などと嘯いているが、その結果、日蓮を矮小化しているのである。

彼らは「観念的な信仰」に成り下がってしまう。現実に於いて、友人など隣人を救う事をメインとせず。ただただ歴史資料などを貪るように読む。もはや宗教学者と一緒である。仏教伝来の歴史などの各種資料や寺巡りが大好きなのである。ただの知識欲を満たす為の行動がメインになっている。せっかく組織主義の縛りから解放されたのに、こうなってしまっては残念である。原点である日蓮大聖人に戻って欲しいものである。

D・「日本人的」な宗教観。正月は神社・結婚式は教会・葬式は既成仏教にすがる
確固たる宗教を持たない日本人的な性質になる。雰囲気で宗教を利用する。本尊に迷う姿。
創価の組織主義から脱したのは良いが、これでは生死の大海を乗り越えることは出来ようか。



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